2016/08/31

YELLOW

僕は当時のフォークというのをほとんど聞かなかった。ほとんどというのは、当時やたらと流行ったので勝手に耳に入ってきた音が結構あるから。岡林とか拓郎あたりはいやでも耳に入ってきた。高田渡になるともう聞きたくなかった。生理的に受け入れない。だってリズムがないもんね。
ただ勝手なもので、風呂で出てくるのは演歌でありフォークの場合がかなりある。ロックは出てこないというか英語の歌を歌えないからかな。
「されど私の人生は」という歌がある??誰の歌かも知らない。ただ「されど私の人生は~~」というフレーズが好きである。
さらにこのイエローの「国旗はためく下に」というのも好きであります。泉谷の歌ですが、歌になれば断然こちらの方が上手い。(もとは泉谷のバックバンドです)
あの時代がよく表れている。
ただよく考えたらなかなか意味深な歌詞です。
いっしょに「軍旗はためく下に」という映画を思い出します。この映画は名作ですが、DVDが出ているのかな?深作が自腹で作ったんじゃなかったかな。
僕はいつもこの歌と映画が混じってしまう。
このイエローというバンド、かなりの実力派でしたが。意外とすんなり解散してしまって残念でした。

2016/08/30

気になった名前



70年代のフォークシンガーで気になった名前を考えてみた。
僕はほとんどフォークを聞いていないのでここに挙げた3人の歌も知らない。
ただ当時の雑誌はよく見ていたからなんか雰囲気で記憶に残っている。
森田童子なんか子供に聞かれて突然記憶をたどった思い出がある。本人にとって迷惑な話だったのではと思った。

2016/08/28

未詳

既に亡くなったのであろうという情報しかない歌手がいらっしゃって「安田南」という。
WIKIでは「未詳」となっている。
僕はこの手の音楽には疎く、じゃあどうして知っているのかと問われれば、大学を出て入った会社の寮生活における馬鹿との交流から知った。
寮生活って面倒だなと思っていたが、やってみると楽しかった。いろんな人物がいて、僕みたいなロック馬鹿に匹敵するジャズ馬鹿も多かった。さらにオーディオ馬鹿には色々とお世話になった。
他には業種がら「車馬鹿」が一番多かったですけども。
さて、そのジャズ馬鹿の一人が「これはすごいのだ」と力説して、その部屋に行く都度聞かされていたのがこのレコード(当時はレコード)。
正直、当時ハードロックどっぷりの僕には軟弱な音に聞こえましたが、褒めないと帰してくれそうもないから「ええやん」と答えてましたけど。
その後いろんなロックやフォークやジャズに詳しい人種との交流から、「プカプカ」のモデルはこの安田南であるらしいとか、突然レギュラー番組を降りて行方不明になったとか、まあ当時の時代ならさもありなんという話を聞いた。その話を思い出して随分と年月が経ってからCDを買って聞いている。年とともにジャズも聞き、さらにブライアン・イーノの環境音楽まで聞くようになった。もう枯山水の境地である。
もう既に亡くなっているのでしょうか?実はまだ健在でしたら、あれから40年経ち、何を思うか聞いてみたいものである。
そういえば「プカプカ」の西岡恭蔵も死んじゃったですね。
個人的には、この手の歌は名作には違いないけれど、なんか終末の概念が想起されて、僕には苦手の歌の範疇です。だからあんまりすすんで聞かなかった。僕にはしんどい。

2016/08/27

正露丸 2

正露丸で思いを巡らせたら、昔、なんか揉めていたことを思い出した。正露丸って1社独占の名前でないのですね。いろんな会社が「正露丸」の名称で出している。調べたらかなり多くの会社が出している。僕とこのはどこのやろ?
というか常備薬でおいてあるかな?最近は置いてないかもしれない。
昔は正露丸、エビオス、メンソレ、サロンパス、アリナミン、ビオフェルミン・・・とかは常備薬でしたが。
「正露丸は飲んでじゃいけない」というお医者さんの書き込みもあります。
僕は小さいころはお腹痛はずっとこれだったんですが・・・。

2016/08/26

正露丸

電車に乗っていると妙に印象に残ってしまう広告があります。これです。
「夏の誘惑、下痢の罠。」・・・・誰が考えたんやろ。さすがとかプロやとか思うことはないのですが、まあ異様に突き刺さってきます。
昔、「征露丸」って言ってましたよね???相槌を求めても無理か?
日露戦争に兵隊さんが持って行ったとか僕のおじいちゃんが言ってたような記憶があります。
平和の世の中、征ではまずいということで正になり、今やカタカナに。
小さいころは虫歯に詰め込んでいた。口の中がえらいことになります。もう異様に「臭い」。
もう虫歯の痛さがマヒする。痛みが止まるというより他の異物(まあ一応薬なんですけど)のパワーが勝って虫歯の痛さを忘れるという感じだったような。
下痢って・・・こう直線的に言われると。電車に乗るたびに笑いがこみ上げてきます。
それと、下痢の罠の下の句読点の「〇」の下半分が切れております。わざと切ってあると思うのですが、もっと言えば上の「夏」の感じの右上の一部もわざと切ってあると考えてます。
意図はわかりませんが、ちょっと考えさせる構図です。

2016/08/25

ちょっと涼しく??

昔から高校野球が終わったら涼しくなるって親が言っていた・・・のを思い出した。
そう思えば少しだけ涼しくなってきたかも。ただ台風が沢山一挙にきて変な感じの風が吹いて生暖かいので気持ちがいいとまでいかない。
今年の仕事は前半のドタバタで今までの顧客体制が大きく変わって、今後は新しいビジョンで進めたいと色々と考えているうちにもう秋になりそう。
新しいビジョンは「良質の顧客」に絞り込むというもので、いい加減アホなクライアントには辟易したという僕の反省が込められている。
「いい会社」「いい人物」・・・・って生まれつきなんでしょうか??
あんまり途中から「いい○○」に変身した事例を経験したことがないから生まれつきと幼少時の親のしつけと教育かなと思うことが多い。
アップしたのは「厳格な親」っぽい雰囲気充満???
なんと新選組の「斉藤一」と言われている新しく発見された写真。巷に流れている写真より気に入っている。

2016/08/19

恋はスバヤク

僕があちらのヒット曲にのめりこむのは完全に「ビートルズ」の影響であるが、ラジオのヒットチャートを聞きだした頃は、ビートルズだけでなく、他にもいい曲が多かった。そのことがますますのめりこむ下地になっている。時は1964年の5月ごろから、「今週の□位」という番組は片っ端から聞いていた。
聞き始めたころ、ずっとこの曲が1位だった。ガス・バッカスの「恋はスバヤク」、これってアメリカでは流行ってないんですよね。ああ懐かしい。

2016/08/17

アスリート

リオのオリンピックの陸上が始まった。段々僕の頭の中のメモリーが飽和状態になってきているらしく、新しいアスリートの名前が覚えられない。その理由は老化が一番の原因だと思うけれど、アフリカ勢の台頭が大きい。やはり名前の感覚が英語的でないから、慣れていないから覚えにくい。ディババさんくらいなら覚えやすいけれど。アルファベットみてすぐに発音が想像できない人が多い。
アップしたのは昔、野口みずきが金メダルを取ったときの3位のディーナ・カスター(一番左)、珍しくアメリカのメダリストだった。結構ファンだった。なんか理知的美人だった。

2016/08/16

戦闘機から思うこと

アメリカが日本のゼロ戦に負けないような飛行機を作ろうとした話はいっぱい書かれているけれど、その思想が余りにも日本と違っているので驚いた記憶がある。
まず人命を守る。そうすると分厚い機体になる。操縦性が悪い。エンジンをパワーアップ。燃費が悪い・・・・・・こういう循環で対策を考えていく。
スタートの人命を守る。あんまりにも人が死ぬと自分の政権が危ない。子供を亡くした親が離れていく・・・こういう循環は民主主義だと思う。
もっと大事なのは優秀な訓練されたパイロットの死は大きな損失であるという考え。
燃費が良く、機体を軽く、足りない部分は大和魂で・・・この循環は特攻隊になる。負の螺旋。
いつも思う。国力の差だけでなく、いろんな面で劣っていたとね。

2016/08/15

終戦

最近は甲子園に行かなくなったので終戦記念日を思い出すきっかけが少なくなってきた。新聞もネットになってきたし。
最近思うのは先日の天皇陛下のお言葉を考えるにつけ、考えがぶれていない。さらに終戦の意義を真摯に考えられているのは天皇陛下が一番ではあるまいかと思うことが多い。
平和を希求され、戦争を反省され、戦後の「象徴」としての在り方を問い詰められ、戦後の日本の社会で天皇はいかにあるべきかを一番考えられているように思う。
それに比べて政治家というのは随分いい加減身勝手な存在で、今の自民党の憲法改革案では象徴を元首に変えようとしている。天皇陛下の思いがわかっているのか甚だ疑問である。あの改革案は到底賛成できるものではなく、あれなら今のままの方がよっぽどいい。
アメリカから押し付けられた憲法といわれているが、制定までの経緯を調べてみれば、それほど押しつけとも思えないし、終戦でこれではいけないと思った生き残った日本人の反省の気持ちもかなり入っていると考えている。
今まで安倍政権に投票してきたけれど、改憲の兆しが見えてきたこれからは自民党に投票しない。国民が政党をうまく使わないとえらい目に会う。
旧民主党には絶対いれない。あの政党は論外。

2016/08/12

DAVE CLARK FIVE

時々仕事で行く大阪のツイン21のビルの中央で時々中古のレコードとCD/DVDを売っている(期間限定の催し)。元が好きなのでつい立ち寄ってしまう。レコードの場合はほとんど500円程度で、元が2000円(日本盤)くらいなので4分の1程度になっている。まあざっと眺めてめぼしいものはなかったけれど、アップした「デイブ・クラーク・ファイブ」のベスト盤(当時、東芝からデラックスシリーズで発売されたもの)はなんと5000円の値がついていた。やっぱりさすがに商売でしっかりしていると思った。僕は出た時に買って持っているけれど、500円なら買っていたと思う。欲しい人間を何人か知っているから。
懐かしいね。一時はビートルズの後継者の筆頭だった。ビートルズの「抱きしめたい」をヒットチャートの1位から転落させたのが彼らの「グラッド・オール・オーバー」だったのでそう言われるきっかけに。当時は当然転落する時が来るから「蹴落とした」の表現はおかしいと憤慨していたものである。
そういえばキング・クリムゾンの「クリムゾン・キングの宮殿」もビートルズの「アビーロード」を蹴落としたことで有名だった。
まあそれだけビートルズが偉大だと思えばええんですけどね。
ただキンクリの記事は、大手のヒットチャート誌ではそんな事実はないと書いている記事も読んだことがあるので真偽のほどはわからないですが。
でも両者とも、「えっ、ビートルズを負かしたんか」という人目を引く効果があったことは確かです。

2016/08/08

The Osbournes

ブラック・サバスというグループがいて、いまでも知る人ぞ知るというバンドである。固定客がいる。そのリードボーカルが「オジー・オズボーン」といって、この人だけ知っているという人も多い。
そのオジー・オズボーンの実際の家族で「The Osbournes」というアダムズファミリー的な番組があると知ったのはもう随分前の話で一度見てみたいと思っているが日本語訳のついたのはないみたい。こういう時にほんまにもっと英語を勉強しておいたらよかっと思うが後の祭りである。
娘のKelly Osbourneもときどき見かける。
調べたら日本でも見ることが出来たみたいですが、僕の住んでいる処、もしくは僕の持っている装置では無理だったみたい。放送禁止用語連発のハチャメチャな番組だったみたいです。

2016/08/06

明日に向かって撃て

「明日に向かって撃て」のラストシーン。
この映画を見たころは、生きながらえて還暦を迎えるなんてことは夢にも思っていなかった。
国から勲章をもらうよりは1人でも本当の友達がいたら幸せというような甘い?ことを考えていたように思う。
「俺達には明日はない」も「イージーライダー」もある意味よく似た映画です。
このアップしたシーンは厳密にいえば、映画のラストシーンではありません。メイキングの短編映画を見たら、かなり凝っていて集合写真を撮るような高解像のカメラも同時に設置して撮ったみたいです。
というのは映画のフィルムを静止させてアップしていくと荒くなってそれではマズイということで、そこで写真とすり替えたらしい。

2016/08/05

JOY DIVISION

この間北浜の事務所から帰る途中、このTシャツを着ている女性が前から歩いてきて思わずじっと見てしまった。むこうにしたら気味が悪かったでしょうね。変なおっさんが胸元を見てるわけやから。
ただそのTシャツが不朽の名作のレコードジャケットからコピーしたものかどうか知っているのかどうかわからないような要するに「普通」の女の子だった。
「普通」という表現はおかしいけれど、このJOY DIVISIONの1stアルバムである「アンノウン・プレジャーズ」のジャケットのTシャツを今時着て歩くなんて、「普通」はそれっぽい子??(どういう子)だと思いますやん。
私は通なのよ・・・とか、今もってイアン・カーティスが頭の中で歌ってますねんとか・・まあそれらしき雰囲気(PUNKとか ROCKとか)があってしかるべきかと・・。
それが全然なかった。ただ偶然着ていたのかな。そんなことないですよね。
あの頃、結構いいのがあった。モノクローム・セットのストレンジ・ブティックとかキュアの17セカンズとか、当時の僕は既にパンクはもう手に負えなくなっていたけれど、まだ聞けたね。
もう今はまったくわからない。レコード屋(CD屋)にも行かなくなったし。本屋とレコード屋に行くのが日課だった時があったのになあ。

2016/08/04

自転車

これは「明日に向かって撃て」のワンシーンのポール・ニューマンとキャサリン・ロス、この頃に自転車が普及し出したらしい。この頃?ってブッチ・キャシディとサンダンス・キッドっていつの時代??
ちょっと困る。明治維新の頃??たぶんそれくらいかな。
1850年くらいかなと思う。ちょっと調べてみます。
この主題歌??なんていった?歌っていたのは?
「雨に歌えば」ではなかったよね。
最後のシーンはいつ見てもいい。始まるところもセピア調から始まっていいです。
【追加】
「雨にぬれても」B.J.トーマス
年代は1890年あたり

2016/08/01

Pokemon GO 6

なんかようわからんけれど、我が田舎町の駅前はアップしたほどでもないけれど8つほどスポットがあって、ぐるぐる回ればモンスターボールが貯まるし、ポケモンは出てくるし(但しレアもんは出てこないみたい)、夏休みに駅前でやる盆踊り大会が毎日開催されているような賑わいである。しかも駅前に交番所もあるので治安もいいということで子供も結構出てきている。
ただ炎天下はどう考えてもしんどいということで18時以降からぞろぞろと出てきているみたい。
どうも、昼間は車で回っている人もちらほら。
鳥取砂丘はポケモンハンターのために外灯を設置するらしく、認知するところも増えてくると思う。