2017/03/26

サテンの夜


ムーディ・ブルースの「サテンの夜」というレコードが出たのは何時の頃だったかしらん。ビートルズのサージャントペッパーズとどっちが早かったという話を友達とした記憶がある。どっちが早い??
要はトータル的なコンセプトアルバムの着想ですね。当時の雑誌なんかではビートルズの方は、各自の寄せ集めが段々とあのようなものに変化していった。ムーディ・ブルースの方は元からある1日の移り変わりを表現した音楽にしようとしたコンセプトアルバムだ・・・。多分そうなんだろう。
日本で出た時、上のジャケットがオリジナルで、当時のサイケデリック的な雰囲気が出とります。日本ではレコード会社の方で下の様なものに変えてしまってます。基本的には僕はオリジナル重視路線ですが、下の日本盤のジャケットも気に入ってます。もう中古屋さんでも見かけないですね。
ほぼ50年前の作品ですが今でもよく聞きます。いや今の方が良く聞きます。
それまでヒット曲「GO NOW」1曲のみのポップスバンドから飛躍して今の地位を築くきっかけの名盤です。日本では昔ほど評価が高い感じはしなくなりましたが、海外で今でもコンサートに人が集まるらしい。

2017/03/20

チャック・ベリー

知り合いのブログはほとんどこの人の話題になってます。それほど偉大だったということです。
この写真にupした頃のことは多分日本ではそれほど知られていなくって、僕はビートルズの「ロックン・ロール・ミュージック」「ロール・オーバー・ベートーベン」とかビーチボーイズの「サーフィン・USA」の作曲者のクレジットから、どうもこの人の作る曲は「ノリがいい」という知識がついて、段々とすごい人だということがわかっていったような記憶がある。
「ジョニー・B・グッド」という曲がチャック・ベリーのオリジナルであることはどの段階で知ったのかな?「ジョニー・B・グッド」って当時から結構有名だったような気がする。「ジョニー・B・グッド」とレイ・チャールスの「ホワッド・アイ・セイ」ってなんか誰の持ち歌か知らないけれど聞いたことのある歌でしょう。
「ジョニー・B・グッド」に関しては、バック・トゥ・ザ・フューチャーの1作目でこの歌が作られていくところの逸話の仕掛けが実に面白くって大好きであります。マイケル・J・フォックスの弾くジョニー・B・グッドをチャックおじさんに甥が電話で聞かせている・・・という仕掛けだったはず。
これってスピルバーグの思い付きだったのかな?
それと、ジョニーがギターで有名になって、田舎町から都会に出ていく・・という「続編」をステータス・クオが歌っている。これもなかなか洒落が効いていて好きですな。「バイ・バイ・ジョニー」だったかな。
それほど、多くの人の心の中に入り込んだ偉大な曲です。出だしからいいですもんね。
ユーチューブで当時のテレビの演奏をかなり見ることが出来ますが、もうこの時期、白人との混成のバンドでやってますし、ただスタジオに来ている観客は白人ばかりの様な、まだ厳しい時期だったような雰囲気が残ってますね。
ご冥福を 合掌

2017/03/18

伊勢遺跡

近所?といっても少し離れておりますが、「伊勢」というところがあります。とはいえ、お伊勢さんの伊勢でなく、滋賀県の守山市というところです。
その守山市の「伊勢」というところに、なぜか卑弥呼の時代の遺跡群が発見されたとかというのが話題になったのはもう随分前の話ですが、その場所が整備されて、先日ウォーキングがてら遠出をしたところ、アップしたような遺跡(もどき)が作られてまして驚きました。
「オイオイ・・大丈夫ですか??」というような模造品ですが、雰囲気が出てます。今のところ一つだけですが、これから増やしていくのかな?復元図ではかなり大きな集落であったような。

2017/03/14

新大阪駅界隈

今日は、大阪に仕事ができて急遽行くことに、3時ごろようやく終わって、新大阪で遅めのランチを食べて、さて帰りましょかという感じで新大阪駅の構内を歩いていたら、地図を持ったおばあさん(もうちょっと若かったかな)がウロウロしている。「どこに行きたいんですか?」と聞くとその地図を見せて「ここ」と言われる。もっと大きく拡大したものをプリントアウトすればいいものを、小さすぎる。ワシントンホテルのちょっと奥のMTビルで、会った場所が新大阪駅の真反対側で、まずワシントンホテルが見えるところまで連れて行って「あのビルのちょっと奥」といっても、ちょっと無理そうなんで、1階まで降りて行って、「この道をまっすぐ行ったら、高架があるから、そこをくぐったらワシントンホテルが見えます・・」と言って、まあ大丈夫そうに歩いて行かれたので、まあいいかと思いつつ、あそこまで連れて行ってあげたのだから、もうMTビルまで連れて行ってあげた方が良かったかなと思ったり、ちょっと複雑な気持ちで帰途につきました。
無事に着いたのだろうか??

2017/03/12

震災から6年

東北の震災から6年経ちました。
どうも完全に復興したという感じがまだしないですね。
あの日のことはよく覚えていて、税務署に確定申告書を提出して、やれやれ今年(実際は昨年分)も終わったと一息入れて(確かコーヒーを沸かしていた)、テレビを見ていた(国会中継)ら、関西でもかなり揺れて(水槽にいた亀が揺れて揺れてびっくりしていた)、こりゃ大変な地震だと思っていたら、東北が震源地で津波が来るという。でも津波なんかいつも来るかもしれないといっても来たためしがないから、今回も来ないのだろうと高をくくっていた。
そしたら、海岸が写りだして(すべてのテレビがそうなった)ちょっとだけ海面の水位が上がるのかなと思っていたら、大変なことに。自然の恐ろしさを痛感した日だった。
アップしたのは、奇跡的に助かったワンちゃん(バンくん)、この記事は暗い気持ちを幾分か和らげてくれました。でも残念なことにその後交通事故(多分)でなくなったという記事を読みました。折角助かったのにね。残念です。ワンちゃんにご冥福というのもおかしいのかな?
でも安らかにお眠りくだされ。
君は希望の光を与えてくれました。
これを書いていてふと思ったのですが、後ろの二人の女性は海上保安庁の職員さんなんですね。こんな若い女性が働いているなんて全く知らなかったです。「海の男・・」の職場だと思ってました。時代は変わってます。

2017/03/06

クレージー・キャッツ

植木等の「スーダラ節」というのが大ヒットしたのはいつの頃だったのだろう。
小学生の頃だった。このシングル盤が実家にあるはず。
先日、タクシーに乗って運転手さんと当時の話に花が咲いた。よくご存じの運転手さんで「よく覚えてられますね」と言ったら、「お客さんもなかなかなもんでっせ」といわれて意気投合。
65~70歳の世代のある意味「アイドル」?的な存在だった。「日本一の無責任男」とかね。映画も面白かったです。
「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ・・・」と思ってましたが、なかなか気楽な稼業ではなかったです。ある意味、自営の方が気楽かも。