2019/01/30

FLOWERS

最近、年齢とともにトイレが近くなってきて、ウォーキングの途中でコンビニのトイレをお借りすることが頻繁になってきている。
最近のコンビニのトイレは実にきれいで最新の機器?が使われていて、用を足すときに音楽が鳴るものがある。川のせせらぎの音のようでこれを聞くと僕は「イエスの危機」を思い出してしまう。
さらに子供さんの置き場?まあ赤ちゃんをお連れのお方用に小さな椅子みたいなものを併設されているところもある。「Mommy's Helper」って書かれてあって、これを見るたびにローリング・ストーンズのマザーズ・リトル・ヘルパーを思い出してしまう。ストーンズの歌の歌詞は結構意味深だったですが。
で、久しぶりにそのマザーズ・リトル・ヘルパーが入っている「FLOWERS」を聞いた。
正直、下手。こんな下手だったのかとびっくりした。1966年の録音。
そんで、後半のものを聞きなおすと数段上手くなっている。
でも「ブリッジズ・トゥ・バビロン」とか「ビッグバン」は正直数回聞いただけ。
何度も聞くという意欲が出なかった。ストーンズは中期が旬だったと思う。
スティッキー・フインガーズの頃が好きですね。

ただ、この「FLOWERS」、けなしたけれど当時はよく聞いてまして。一時期、変な生活をしたことがある。学校から帰って、すぐ寝て12時前に起きて、それから勉強して、寝ずにそのまま学校に行くという生活、一番効率がいいかなと思ってやったけど1か月くらいでやめました。
やっぱり無理があった。その時に起きてまずかけたレコードがこの「FLOWERS」だった。そういう意味ではすっごく思い入れのあるレコードです。
この時期のストーンズやや粗製乱造気味だったかも。


2019/01/26

後世のために潰すべきもの

アップしたした写真は無関係ですが・・でもないか?アトムが困っている姿やから。
結構長いこと生きてきて、自分の関わった人生でおかしいと思う団体が2つある。
PTAと自治会・・・行政上の組織でないのにやたらとうっとうしい。変な強制力がある。
それで勘違いしている関係者がやたら多い。すっごくまじめな人もいるので質が悪い。
ボランティアのようでそうでない、半強制的な実に戦前の隣組的ないやらしい陰気な組織に感じる。
この2つの団体は次の世代のためにも解体したほうがいいですよ。
自分の人生が後少なくなってきて、振り返れば、この2つは潰すべきだと思うことが多い。
百害あって一利なし。言い過ぎかもしれませんがまじめに考えたらそう思う。
なんか潰す運動が巻き起こりませんかね。同じような考えのお方も多いはずです。
この団体、モラル的にも圧力団体になっていて存在自体がおかしいですもんね。
自治会に入っていないとゴミが捨てられないって完全に行政の手抜きですよね。断固として糾弾すべきだと僕は思ってるんやけど。
お母さんがPTA活動に参加していないと子供がつらい思いするとか・・言語道断。
国がちゃんとすべきことをまだこの時代で手抜きしていることの証です。

2019/01/25

PIONEER

あのパイオニアが上場廃止になる。
1970年頃に一世を風靡したオーディオメーカー(山水、ナカミチ、ラックス、ケンウッド・・・)は今や惨憺たる様相であるというか今は会社が存在しない。そういう意味ではパイオニアは超優良企業だと思ってます。
僕は、就職して初めてこの(アップしたもの)アンプを買った。お金がなかったのでアンプとプレーヤーとヘッドフォンをまず買って寮でレコードを聴いていた。多分初めに聞いたのはデヴィッド・ボウイのジギー・スターダストだった。
プレーヤーはテクニクスのSL1200で(これは今でも定番これはすごいことです)、次にボーナスが出たらスピーカーを買うつもりで悩みに悩んで最後の候補にパイオニアの・・型番は忘れてしまったけど能率のいいハードロック向きのスピーカに決めかけていたら、ひょんなことから三菱のスピーカーが安く手に入る(友達の友達が社員価格で購入できる)という話が舞い込んできて、ダイヤトーンになってしまった。
当時は就職したら、車を買うとか車と同じ値段くらいのオーディオを揃えるとか、まあ買いたい物があって、しかも若い人が買えた時代でした。寮生活の中で、中にはマランツのアンプを買うやつとかびっくりすようなものを買ってみんなでそいつの部屋に押しかけたり・・・まあ楽しかったです。

パイオニアの末路が今日の新聞には満載。

次の時代の変化についていけなかった。
コンポネントステレオはウォークマンに淘汰された。
カラオケLDは通信網の普及の進化に淘汰された。
カーナビはタブレットに淘汰された。
プラズマテレビは液晶に・・・
要は同じ用途で次のデバイスに追いやられたということです。

でも、出た時はすごいと思わせる物ばかりで、パイオニアとはいい名前を付けたと思っていたものである。復活するのかな??

2019/01/20

AL DI MEOLA

僕は基本的にロックが主流なんですが、たまに他のジャンルが混じってくる。
このアル・ディ・ミオラというミュージシャンは、サンタナからマハビシュヌを経由してやってきた。
正直、マハビシュヌもアル・ディ・ミオラも卓越した演奏者だと思うけれど、やっぱりロックではないですね‥というのが僕の感想。長年聞いてきた結果です。あほみたいに早引きですが。
今でも、よく聞いているんですが、やっぱりロックじゃないなという気がする。
悪く言えば、早よ引けてなんぼのもんじゃい???という気がしてくる。
このレコードなんか凄かったです。びっくりしました。でもね・・・。という気持ちがやっぱり残る。
このレコード、初めはもうサンタナなんですよね。その路線をずっと行かれても面白くないし。ロックとは何だ??という永遠の命題にぶち当たります。
黒のレスポールかっこいい。
読んでみると支離滅裂の文章ですな。褒めてるのか貶しているのか自分自身よくわからん。
頭で音楽を聞いたらあかんという見本みたいな音楽です。

2019/01/13

ローハイド

どうも昔の話なので記憶が定かでないと思い、ネットで探したら実にしっかりした記事がありました。ローハイドの主役の3人が来日した時の大騒動をうまくまとめられております。
ものすごい人気だったようで羽田の空港が大混乱だったようです。アップした写真以外にもたくさん載せられてますので、興味ある人は「ローハイド 来日」で検索したら出てきます。
上は週刊誌の週刊平凡の表紙、ザ・ピーナッツと一緒です。下は昨日書いたサントリーの山崎工場に来た時の写真。
隊長役だったフェイバーさんはその後別の撮影のロケ中に亡くなったそうです。



2019/01/12

硫黄島からの手紙

結局、これも見ることに。
クリント・イーストウッドが監督している映画って、なかなか一筋縄でいかない作品が多く。決して単純でないのですがあんまり主張が目立たず、そして結果的には結構主張が出てきている??
うまく言い表せてないですね。
敵側だった国の映画俳優さんがこういう映画を作るって、えらい時代になった(もう10年以上も前の作品ですが)。バロン西の話もホンマの話なんですね。
調べたら、今は自衛隊が駐屯していて元の島民も自由に出入り出来ないらしい。
まだ遺骨がかなり残っているということで、地下に埋もれているのでますます難航しそうです。
話は違うけれど、ほぼ毎日JR山崎の駅過ぎのサントリーの工場?を電車から見る。その時に昔テレビの「ローハイド」がはやった時にクリント・イーストウッドが来たよなあ・・といつも思う。もうそんなこと知っている人は少なくなってきたけどね。1960年代の話です。

2019/01/11

父親たちの星条旗

Amazonプライムで無料?で見れるので有名な映画を見る。この間からどういうわけか戦争映画ばかり見ている。別に戦争映画が好きなわけではありませんが・・。
たどればキャメルの「ヌード」のCDの話を考えているうちに、太平洋戦争のことを考え出して、真珠湾攻撃の「トラトラトラ」を見て、次にミッドウエイの戦記もん(三船が出ていたけどあんまりたいした映画でなかった)を見て、そんでこれ(父親たちの星条旗)になった。監督はなんとクリント・イーストウッド。
ミッドウェイ海戦から、日本の敗戦基調が始まるのですが(真珠湾から6か月しか経っていない)、グアムで負けて、最後この硫黄島の戦いで負け、この島がアメリカの手に渡ることにより、B29の護衛機のムスタングP-51が発着できるようになって、B29が楽々と東京まで飛んでくるようになったというのが僕の理解するところですが、大変な戦いだったみたいです。硫黄島の摺鉢山に星条旗を立てる写真(有名です)から引き起こされる悲劇?(実話)を中心にいろいろと考えさせられる作品です。
アップしたのはそのままの写真では面白くないので、キャンドヒートのレコード(フューチャー・ブルース)のジャケットです。ロック?ブルース?ミュージシャンまでモチーフに使うのだからアメリカでは有名な写真なんでしょうね。
でも星条旗が逆さまなんで、当時の風潮からしてアイロニーなのかな?

2019/01/06

CAMEL NUDE

キャメルのこの「ヌード」というCDのジャケットを見て、いったいどんな音楽なんだろうって思った人が多いはず。
富士山ですよね。僕は輸入盤の安いのを買ったので、これは翻訳がついている日本盤を買うべきだったと後悔している(買えば終わりなんですけどね)。
確か1974年にフィリピンで見つかった小野田さんのことを歌ったものらしい。なんでイギリスのキャメルが壮大なアルバムにしようとしたのか、当時の雑誌でもあれば多分載っているのでしょうが・・。
個人的には不思議な気がする。
日本が戦争に負けて、各国から引き揚げてきた。実は引き上げずに現地に残った人もかなりいるらしく、そのあたりの本もかなり出ているし、政府の調査した報告書もあるらしい。
ただ、本人の意思で現地に留まった人たちは別に、ずっと戦争が続いていると思って隠れて生活をしていて、現地の人に見つかって、晴れて?日本に帰ってきた人は、僕の記憶では、横井さんと小野田さんより前にいた記憶がある。
調べたら、1960年にグアムで皆川文蔵さんという人と伊藤正さんという人が見つかって、飛行機に乗って日本に帰ってきたニュースをテレビで見た記憶がある。
当時、戦後から15年経っている、これでもすごいことです。横井さん、小野田さんはそれからさらに13年くらい経っている。
NHKの戦争証言アーカイブで皆川文蔵さんの証言を見ることができる。90歳の頃の録画ですが、実にしっかりとお話をされて実に感激した思い出がある。生きておられたら100歳間近のはずですが。「戦争で死ぬのは僕みたいな貧乏人のせがれですよ」という言葉が今も記憶に残ってます。

2019/01/04

古田哲弘さん

箱根駅伝を見ていたら22年ぶりに区間記録が破られた。以前からこの8区の記録があまりにも古いのでどんな人が打ち立てた記録なのかずっと気になっていた。
もう時間もたっているのでかなりいい加減な書き込みが多く、「その日はものすごい追い風で普通では出ない記録である」というものもある。
調べていくと、この「古田哲弘」さんというお方はとてつもないランナーだったみたいで当時ですでに1万メートル28分台の記録を持ってます。
山梨学院大学を卒業後、日清食品へ、その後2年くらいで退職、その後は不明。
気になりますね。今でも山梨学院の陸上部時代のHPが残ってますが、趣味がレコード収集・・・危険な趣味ですな。アスリートには珍しい。
今日、自分の記録が破られた瞬間を見ていたのかな???気になります。



2019/01/01

猪のレコードジャケット

干支のレコードジャケットでその年のブログをスタートしている人が結構多いと思うけれど、猪がレコードジャケットのなっているのは僕の記憶にはない。
奇特な人がいて、干支の順番にレコードジャケットをそろえてくださっているお方がいらっしゃった。
牛ならピンクフロイドが定番とか・・・・
ところがイノシシはこのレコード1枚だけだった。
どんな音楽なのかな?まずどこの国のどういう歌手??
「PONDEROSA TWINS PLUS URI」って書かれてますよね?何語やろ??
まずはおめでとうございます。今年もいい年だったらいいですね。