前回の続き
長屋の20軒は、皆さん仲が良くって、茨木に引っ越してからも、大勢の方が何べんも遊びに来てくれた。仲が良かったのは、戦後から昭和34年までほぼ一緒に苦楽を共にしてきたからだと思う。
あの国鉄の自動車工場の宿舎(20軒の長屋)が何時からあったのか、今となっては知る由もないですが、戦後、復興の為に工場が出来、人が集まってきて宿舎が建てられ、その宿舎は、東京オリンピックで新幹線が作られるということで、なくなることに、また国鉄の路線の充実とともにバスの需要も減ってきた云々で、宿舎と共に自動車工場も解体されて、その跡地は前回述べたようにワコールの本社とあとマンションになっている。
で、その長屋の方々が遊びに来てくれるのはええのですが、まあ女の人ばかり来る。そりゃそうですわ。男は働いてるわけで、当時の主婦はほとんど仕事はしてなかった。そんで夏なんかに来ると
当時はクーラーなんかないから、扇風機やうちわで涼をとるわけやけど、そんなんで間に合わんから服を脱いでしまって、当時はシミーズという下着で家の中にいる。もうシミーズのおばちゃんがいっぱいいる。実にややこしい風景が繰り広げられる。
誤解されたら困るので付け加えますと、うちの家族はムームーみたいな薄着の服を着ていまして、もちろん下着姿ではおまへん。
お客さんは一応ちょっとよそ行きの服をお召しされて御来客いただいた感じです。だから暑い。
さらに当時、ブラジャーをしている人はまあモダンなお人で、ほとんどノーブラ、そんなおばちゃん達が小学校の高学年の僕に話しかけてくる。左右の乳首が揺れる。さらにさらに脇の毛はボウボウの時代です。
僕の勉強部屋にも勝手に入ってくる。そりゃそうですわ、僕を赤ちゃんの時から知っている人ばかりなんで遠慮が全くない。
さらに夏休みになると同年代の子供も遊びに来るわけで、その子供も女の子はシミーズ1枚で僕の周りをうろつく・・・。今から考えたら僕の当時のアルバムには近所の女の子が下着姿のまま写っている写真っていっぱいあるもんね。パンツとシミーズで外に出てた時代ですわ。
古き良き?時代の思い出です。
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