勝手気ままな落書き帳
頭の老化防止(まあ本質的には無駄ですけど)に思うがままに振り返ってみたいと思ってます。
2025/10/21
円形校舎
昔々、1962年の思い出になるけれど、中学受験のために模擬テストを受けたことがある。確か丸い校舎で受けたことだけ覚えていて、帰りは天王寺から電車に乗ったから、今の四天王寺高校(中学)だと思う。調べたら当時は円形校舎があったらしく記憶は正しかったみたい。残念ながら今はもう解体されたみたいです。この写真は現存している岡山の学校らしい。
2025/10/11
大混乱
自民党と公明党が分かれて、今後どうなるのかと大騒動になっている。
個人的には公明党さんを「立派」と褒めてあげたい。
高市さんも世の中の「声」を分かっていないことが立証された。
羽生田氏の起用がとどめだったですね。やっぱり自分の考えと会う人とばかり話をしていたら世間の人の気持ちが分からないのかなあと思った。
僕にとって自民党が第一党だというのが実感として理解できない時代になってずいぶん経つ。いままでのらりくらり切り抜けてきたのがすごいなあと思うけれど、考えてみれば公明党さんが今までついてきてくれたから。
公明党も金権政治の片棒を担いでいては、クリーンな政治を目指す党の方針と真逆の路線なんで今まで詭弁を弄うして自民党についていたけれどようやく目が覚めた感じです。
どうなるか分からないけれど面白くなってきた気がする。
教育勅語がいいと思う人が首相になるのはちょっと(大分)不安があるなあ。
2025/09/19
女子 400m 世界記録
世界陸上が日本で行われている。昔はテレビにかじりついていたけれど(特に1991年)、もう最近はかなり傍観者的な見方になっている。
ただ、時差がないので、テレビをつければやっているのでダラダラと見てしまう。
今日(正しくは昨日)、女子の400mを見ていたら、シドニー・マクラフリンが47秒78という記録で優勝した。歴代2位の記録・・・・
ちょっと待てよ。400の女子と言えば「永遠に破られないだろうと言われる世界記録」の一つではないのか???
マリタ・コッホという当時の東ドイツの選手が1985年に作った大記録(47秒60)。まあ多分ドーピングの発見技術ががそれほど高度でなかった時代の産物と言われているけど。
でも、もうちょっとまで来た。
上の写真は1985年のキャンベラで行われた世界選手権(世界陸上は1983年のヘルシンキ、1987年のローマと当時は4年ごとだった)で47秒60が出た時の写真。スポンサーが偶然にも昔僕がいた会社。
事前に調べていたら、もっと興奮して見れたのに残念。
あとは女子800とジョイナーの100、200あたりが残っているのかな。
2025/08/22
昔の思い出(1976)高校野球編
僕のいた会社では、高校野球が始まると優勝校を当てるトトカルチョが半ば公然?と行われていて、結構野球好きの人が沢山いて盛り上がっていた。さすがに管理職の人は参加していなかったと思うけれど。
もうすっかり忘れていたけれど、昔、桜美林高校が夏の大会で優勝したことがある(調べたら1976年の夏だった)。
関西出身なので関東の学校に投票することがなく、優勝校が決まった時に、「当てた奴がいるのかな??」という感じだった。
そうしていると、一人当てた奴がいるということで、そいつは僕の寮の同室の悪友の仕事仲間であった。仕事仲間と書いたけれど、実質は1年先輩、ただ歳は同じ(現役で入学してるから)。同じ寮にいるから1年先輩の威厳が全くなくなって(金銭的にだらしなく同室の悪友にお金を借りるようになって威厳が丸つぶれ、地位が逆転)俺、お前の間柄になっていた。
それで当てた奴が総取りということで確か30万円くらいになった。
そのお金を一晩で使ってしまった(笑)。結局5人でたかって、日ごろ行けないちょっと高い料理屋に行ってうまい魚とうまいお酒を飲み食いした。その先輩さんは本当に気前のいい人だったのだと思う!!
ちょっと不思議な人で、5人で楽しくワイワイガヤガヤ飲んで食って、全部払ってくれた。
その後も後輩にお金が足りなくなれば借りていたはず。
その後、桜美林高校は甲子園に来たのかな??
夏の高校野球を見れば当時を思い出す。同室の悪友は既に他界して、ご馳走してくれた先輩はその他界した悪友を見舞いに行った時に会ったきり。
2025/08/20
昔の思い出(1973) 千里ニュータウン編
大学に入ったのが1970年であるから、3年の時、夏休みに一度だけ変わった(内容はごく普通)アルバイトをした。要はカメラのフィルムを売るだけのアルバイトで、しかも1日だけだった。
たまたまその日が空いていたので、今となっては思い出せないけれど大阪市内の写真屋に行ってバイトの内容を聞いた。
要は、千里ニュータウンのスーパーに行って夏休みの旅行等に使うフィルムを売ってくれと言う実に簡単明瞭なバイトだった。千里ニュータウンのショッピングセンターに出先の店があるみたいで、そこに屋台があるから、それを広場に出して「フィルムはどうですか」と呼びこんで売って欲しいらしい。
朝から行って、「フィルムどうですかあ」って呼び込みは適当にやっていても、結構売れた。デジカメ、スマホの時代でないから24枚撮り、36枚撮りがどんどん売れた。まあ家族で旅行に行ったら一日に何本も使うからね。
まあ、誰がやってもそこそこ売れたのですが、偶然、グアムかサイパンに行くというセミプロ?みたいな客が来て、普通の人の買う10倍くらいの量が欲しいと言う。屋台の在庫では足りない。それで出先のところから補充して賄った。それで1日だけのバイトは終わった。桃山台から新大阪まで北大阪急行で帰ってきたら、高校野球の銚子商業の選手たちと出くわしたのを覚えている。高校生とはいえ体格はしっかりしていて、当時は名門強豪の評判だったので「お~」っと眺めてしまった。翌日だったかな、電報が来た。
当時でも電報は珍しい時代になっていた。もう電話の時代のはず。誰からだろうと思ったら、先日の写真屋だった。もう1日頼みたい旨の電報だった。該当日は僕は空いていなかったので、バイトが好きな友人に代わってもらった。後日、その友人に「どうだった?」と聞いたら、僕が体験したような「特需」はなかったらしい。まあ当たり前。
時々、電報が来たことを思い出したり、銚子商業を思い出す。
本当に人間の頭の中は不思議です。
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