男子の1500メートル自由形で日本記録が出た。それも15分をきる快挙である。もう1500は日本人はひのき舞台には出てこないだろうと思って随分経つ。もともとは古橋広之進(富士山のトビウオ)や山中毅という名スイマーを擁していた種目である。今の世界記録はオーストラリアのハケットが福岡で出した14分34秒56である。古橋が泳いでいた時の記録が18分台、山中は17分台である。18分の壁を破ったのが山中の好敵手だったマレー・ローズ、17分の壁を破ったのがここにアップしたアメリカのロイ・サーリ、16分の壁を破ったのがキンセラ、そして14分台に突入したのがソビエトのサルニコフであります。東京オリンピックが開催される時に、16分台で泳いでいたのはロイ・サーリ唯一人であった。僕はこのサーリのファンで非常に期待していたが、あいにく東京オリンピックのときは理由は忘れてしまったけど体調を崩し、400の個人メドレーかなにかでメダルは獲得したものの、肝心の1500は決勝まで残ったけどメダルは取れなかった。アップしたのは1963年に来日したときに17分5秒5で泳いで世界新を樹立した時の写真みたい。(時計が5秒でとまっている)ネットで調べたらロイ・サーリは既に亡くなってました。残念です。
サーリの泳ぎっぷりが懐かしいです。ペース感覚のよかったサーリが2008年12月に63歳で亡くなっていたとは残念極まりません。1964年に1500mを世界で最初に16分台で泳いだサーリと、同年もう少しで16分台という記録を出していたマレーローズ、もしこの二人が絶好調で東京オリンピック決勝に出ていたらどんなレースになっただろうかといつも思います。そのローズもローア今年2012年に亡くなってしまいました。お二人のご冥福を祈ります。しかし二人ともわが心の中に生き続ける永遠の英雄です。
返信削除書き込み有難うございます。ちょっとあおり気味の足使いだったと記憶しております。僕は1963年の夏の大阪の扇町プールの17分5秒の世界記録の実況をテレビで見ていてサーリのファンになりました。ショランダーに比べてややスターの輝きは落ちましたが僕は気に入ってました。お父さんも水球の監督で有名な人だったという記憶も残ってます。サーリも水球でもオリンピックに出れるくらいの実力だったという話も聞いたような。本来は東京オリンピックの1500は実力発揮のサーリとマレー・ローズの対決があるべき姿だったと今でも思っております。
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