2025/12/31

未知との遭遇

今更、「未知との遭遇」を見たといっても笑われるかもしれない。
1978年の初めに日本で封切られていて、その時に映画館で見ている。確か招待券をもらったのかな、急遽もらった枚数の人数を集めてみんな?(何人だったか忘れてる)で見に行った。
実に感動して(僕はね)帰ってきたのを覚えている。
それで昨日、DVDを見た。47年ぶりに。スピルバーグの作品だったのか。トリュフォーが出ていたから彼の作品かと思っていた。同じ年の夏にはルーカスのスターウォーズだったのかと今になって不思議な縁を感じるというか、宇宙を取り扱った映画の技術がどんどん進んでいっていたことがわかってくる。
全然関係ないけれど、メリンダ・ディロン扮する宇宙船にさらわれた?子供のお母さんが宇宙人がやってきて地球人の前に姿を現したときにカメラで写真を撮る。ブランドが「ローライ」・・そうか当時のコンパクトカメラはローライ35だったのかと変なところで見入ってしまった。カメラマニアではないけれど1977年でコンパクトカメラは日本製ではなかったのか。
あの手話みたいなの覚えたのを思い出した。
名作だよね。
 

2025/12/17

キャシアン・アンドー


キャシアン・アンドーというディズニー・プラスのドラマをダラダラとみている。
シーズン2を見ていて、もう老化で耄碌してきてるからシーズン1のストーリーが思い出せない。シーズン1をもう1回見ようかと思ったけれどエピソードが12もあって挫折。
それでわからぬままにシーズン2を見て、「良かった」と思って、続けて「ローグワン」も見る。
1977年の夏に「スターウォーズ」を見て以来おおかた50年、あのスターウォーズの話の前の段階が実にうまく今になってつながってきた。
まさか、当時、ルーカスもこんなことになるなんて夢にも思っていなかったに違いない。
数か月前に「アメリカン・グラフィティ」を見て、この後「スターウォーズ」だよなあ。その意図は??とかどうでもいいことを考えていた。
「アメリカン・グラフィティ」にも続編があって、「モア・アメリカン・グラフィティ」という題名でルーカスは監督はしていない。監修をしていたかな。日本では「アメグラ2」で通っている。このアメグラ2になると、古き良きオールディズと車の1962年までの時代から、ケネディ暗殺、ベトナム戦争、学生運動・・・の一転したアメリカ社会が描かれている。
ルーカスの描きたかった映画って何なのだろうって時々思う。
スターウォーズという世界があって、どうも認めると認めないに限らず、登場人物の生い立ちを勝手に作り出してしまう無数の作家??がいて「正規」「非正規」の物語が増殖している感じがする。僕らが目にするのは、ルーカス公認の「正規版」なんだろうと思うけれど。
ちょっとだけ、一瞬目にするあの登場人物の人生って「こういうのじゃあないかなあ」と思う想像力が新たなスターウォーズの世界を作り出しているような気がする。
今回のキャシアン・アンドーには「フォース」の力が登場していない。
最近、あの「フォース」はなかった方がよかったのではと思うことも多い。
話は変わるけれど、中里介山の「大菩薩峠」と似た世界を思い出す。わかる人はいないでしょうね。大体「大菩薩峠」を読んだことのある人がいないだろうから。初めのチャンバラ小説からどんどん作家の考えが変わっていき、究極はあらゆる人間の姿を書き表そうとした小説。終わりの方は夢の世界をさまよっている感じだった。
机龍之介の「音無の構え」はほんの入り口。
閑話休題
スターウォーズの基本は、共和国(リベラル)と帝国(独裁者)との永遠の戦い。今の世界と同じ構図になっている。