2014/05/10

ブーベの恋人

クラウディア・カルデナーレの「ブーベの恋人」という映画が1964年の秋に封切られて大ヒットした。映画もヒットしたけれど、主題歌(歌はない)も超大ヒットして「9500万人のポピュラーリクエスト」でも長い間1位を独占した。
前回の「アイドルを探せ」とこの「ブーベの恋人」で1964年の秋から年末までのヒットチャートの1位はほぼ決まりでビートルズもなかなか苦戦だった。この時期はビートルズのイギリス時代のヒット曲の蓄えも底をつき、年末の「アイ・フィール・ファイン」までヨーロッパ勢の後塵を拝する時期が続いたように思う。
この「ブーベの恋人」という映画はなかなか面白く、まだ第二次世界大戦の後遺症というようなものを引きずっていた時期の映画です。まだそういう背景の映画が作られていた時代でした。
曲の方はアモーレ・アモーレ・アモーレ・アモレミーヨー(死ぬほど愛して)のカルロ・ルスティケッリ(覚えにくい)の作品でヒットは当然だった。
当時の日本はフレンチ・ポップスからイタリアのカンツォーネから映画音楽まで吸収力旺盛な国民だったように思える。今もそうなのかな?

アイドルを探せ

1964年の秋に「アイドルを探せ」というフランスの映画がやってきた。この映画の中でほんの数分間だけ出てきて歌ったシルヴィ・ヴァルタンという女の子の同名の主題歌が爆発的大ヒットして、ビートルズは日本のヒットチャートでも苦戦することになる。このシルヴィ・ヴァルタンという歌手は後日分かってくることになるが、1964年の1月にパリでビートルズと一緒に公演をしていてその時の写真が有名になる。さらにこの時にアメリカで「抱きしめたい」が1位になり、そのあと2月にアメリカに行ってエド・サリバンショウに出て視聴率72%というとんでもない記録を作ることになる。
シルヴィ・ヴァルタンは今でも活躍中です。
この映画の中のシルヴィ・ヴァルタンは実に可愛かった。

2014/05/05

パームスプリングスの週末 2

上がポスターで、下は左から、トロイ・ドナヒュー、ステファニー・パワーズ、タイ・ハーディン、コニー・スティーブンス、ロバート・コンラッドだと思う。ワーナーブラザーズの若手なんでしょうね。ステファニー・パワーズは後の「アンクルの女」、タイ・ハーディンは名前は忘れたけれどテレビの西部劇の主役だった、コニー・スティーブンスとロバート・コンラッドは「ハワイアン・アイ」のコンビでこの映画のあと結構有名になる。左のこの時のメインの主役のトロイ・ドナヒューは北欧系の端正な顔立ちスタイルでスザンヌ・プレシェット(ヒッチコックの「鳥」)と結婚するけどすぐ離婚だった。
もう大スターになると思っていたけれど、なかなかそうは問屋がおろさず挫折の連続で、その後薬やアルコールで結構大変な人生を送って、晩年は見事に立ち直っていたというような記事を亡くなった時に新聞で読んだのを思い出した。
この映画の監督はプレスリーの映画を沢山撮っていた人で、1963年ですからまだプレスリー映画の乗りと同じ感じです。古き良きアメリカの若者たちという雰囲気満載です。



2014/05/04

恋のパームスプリングス

これもビートルズが日本でデビューした当時日本のヒットパレードで大ヒットしていた曲です。「サーフサイド6」のトロイ・ドナヒューが主演していた同名の映画の主題歌。日本ではバカ売れ。
あの頃人気がありました。

2014/05/03

恋はスバヤク

1964年になってにわかにビートルズに巻き込まれた。どう表現していいのか分からないけど、初めて聞いたときに惹きこまれた。なんというか運命の出会いみたいなもんである。理由なんか分からない。でもいろいろファンの思い出を読んでいたら同じような思い出をいう人が多い。「ど~ンと来た」とね。面白い特徴はそれまでポピュラー音楽を聞いていない人を一瞬のうちに巻き込んでいる。ここがすごい。
で、アルマ・コーガンではないけれどトランジスタラジオでヒット・パレードを聞くようになった。「今週の1位は・・・・」というやつです。ベスト10にビートルズは2~4曲くらい入る勢いが当時にはあったけれど、当然他のヒット曲もランクインします。当時このガス・バッカス(ガス爆発と聞こえたものです)の「恋はスバヤク」という曲がずっと1位だったような記憶が残ってます。「ショート・オン・ラブ」という曲ですね。1964年の春です。ビートルズには日本のヒットパレードにはイギリスやアメリカにはいなかったライバルが結構いました。
このガス・バッカスという人、確か黒人のコーラスグループにいた白人で(ややこしい)、その後ドイツで活躍したはずで・・・もうちょっと調べましょう・・。