昭和34年(1959)の春に創刊された週刊少年漫画雑誌(マガジンとサンデー)、マガジンが講談社でサンデーが小学館だった。マガジンの表紙が横綱朝汐でサンデーは長島茂雄だった。少年サンデーには手塚治虫が「スリル博士」という漫画を掲載していて、時限爆弾が日付変更線の関係でどうのこうのという内容だったように記憶している。日付変更線という言葉をこの漫画で覚えたからずっと残っている。当時、両方の漫画を買ってもらうというのはなかなか難しく、僕は少年マガジン路線になってしまった。まあサンデーを購読していた友達と毎週交換していたけど。
手塚治虫には様々な面で影響を受けていることが多い。世界が一つになって、国境がなくなっていくだろう。飛行機で世界中を飛び回るようになるだろう。日本にも外国人がいっぱい住むようになる・・・等々漫画の世界が本当になっているように思う。
ただ、そのような世界になってきているけれど、いまいち日本人は元気がない。
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