2012/10/11

Ann-Christine Hagberg 2

こういう写真を見つけたオランダの東京オリンピックに関する記事であります。珍しい。女子100メートル自由形決勝の飛び込む前のショット。4コースが優勝したオーストラリアのドーン・フレーザー、5コースがアメリカのスタウダー(2位)、1コースと2コースが写ってませんが、3位と4位は写っていない2人です。ハグベリはぎりぎり決勝に出れたので8コースです。こういう写真は初めてです。3コースはカナダ、6コースはオーストラリア、7コースはなんとハンガリーでした。

2012/10/10

Ann-Christine Hagberg

僕がハグベリの雑誌の切抜きを載せたのが2009年の1月でもうちょっとで4年になる。以降あんまり発展が見られなかったけれど、先日からウィキに英語バージョンで掲載されるようになって、それによれば1966年までは水泳をやっていてその後ルンド大学に進み、その後ストックホルムの会社に勤め、その後広告会社の社長になっているということであります。すごい進化です。ここまで分かってきた。以前からハグベリに似た人が企業の役員の写真に載っているという書き込みをしたけれど、まさしく本人であったということですね。
この写真は1966年のもので東京オリンピックから2年後、18歳の時です。ちょっとお姉さんになってます。
さらに外国の方々がアップされた記事も増えてきて僕の宝物だった切抜きをかなりの方が見ていることも分かってきた。ただあの時もっと雑誌に載ったと思うので僕より年上のマニアがいそうなものなんですがねえ・・・。
他の雑誌(確か週刊プレイボーイに載った)の切抜きがまだ見つからない・・・・。
その他にも結構な情報が手に入ってきてます。インターネットはすごいです。

その他、昔の深夜放送で確かビートルズが「愛こそはすべて」を歌った頃(1967)の関西の放送(仁鶴も週1回やっていた番組の別の曜日のパーソナリティだった。確か北村なんとかというお方だったように・・・)でハグベリに手紙を出して返事が来たという投書を聞いた記憶があるから当時かなりのものがファンレターを出したはずである。


2012/10/09

金本 引退

1試合に3本のホームランを打ったのが2009年の4月だった。驚いたのはまた1試合に3本のホームランをその直後に打った。化け物のような気がした。努力の人といわれているがそれプラス「カリスマ性」があった。デッドボールの後次の打席でホームランを打ったり、なんというか普通の人がもっていない運の強さを感じた。そういう人は結構いるもので経営者も「努力+運」のような気がする。
素人の思いで申し訳ないけど、どうして和田監督は引退宣言後ずっと金本をレギュラーで出してやらなかったんだろうか?不思議な気がする。観客はあの時点では毎試合金本を見たかったはず。完全試合がかかったピッチャーを交代させた落合監督よりもっと不可解な采配と思うのは僕だけだろうか?

憂歌団

憂歌団のドラマーの島田さんが亡くなっていた。1週間くらい前の話。書きそびれました。88ロックディとかで数回見たことがある。僕は生録59分までしか持っていないのでコアなファンではなかったことになる。その後10年くらい前ですか・・東京に出張している時に偶然山手線で乗り合わせたことがある。ボーカルの木村さんに「今からライブでっか」と声をかけたことがある。大阪弁だったもんで気安く「せやねん」と応えてくれた記憶がよみがえってきた。
自殺説もあるようで、どうもロック関係の人は人生に潔いひとが多い(分かるような気がしますけどね)。ご冥福をお祈り申しあげます。

ノーベル賞

今年もノーベル賞の時期になった。確実と言われていたけれどちょっと早いかなという予想もあってヤキモキしていたが、見事まずトップバッターが受賞ということになった。
この人の経歴はなかなか紆余曲折があって勇気をもらえる。先日のABC問題の天才さんなんか19歳でプリンストン卒業とかいわれるともうギブアップという気になるが、まあ国立大学の医学部に受かるだけでも大変ですが、まだ回りには知人もいるから珍しいことはない。
個人的には、現時点で中国・韓国に負けない分野は医学だと思っている。もっと国家的予算をつぎ込んで電機の次の産業に育てることが凋落日本を救う一つの方法だと思う。
あとは村上春樹がどうでしょう?