2025/07/19

Connie Francis

今年は訃報が多い。
「可愛いベイビー」のコニー・フランシスが亡くなった。87歳。
僕はビートルズ世代なので、この人がヒット曲を連発している時期は知らない。ただビートルズを聞く前にテレビから流れていた日本人(伊東ゆかり、弘田三枝子・・・)の歌が実はカバーしたものだということを知るのは、ビートルズによってアメリカのヒットチャートを調べだしてからだった。
1960-62年あたりが全盛期。彼女については詳しい方が大勢いらっしゃるので割愛。
僕は、何となく「古き良き時代」を代表する歌手さんだった気が勝手にしている。
1963年にケネディが暗殺されてから、アメリカは新しい時代に突入したような気がしている。音楽もビートルズを筆頭とするイギリス勢にとって代わられた。
考えれば、ヒットの頂点を極めてから随分長生きをされたことになる。
その後の音楽の変遷をどのように思っていたのだろう?
ともかくお疲れ様でした。
合掌。










 

2025/06/12

Brian Wilson


 Brian Wilsonが亡くなった。82歳。
さすがに大物で一般紙にも大きく取り上げられている。
有名なので詳細は割愛。
個人的なBrian Wilsonとは、ビーチボーイズの長男、初めはサーフインの曲で「楽しいアメリカ」を歌ってヒットを飛ばしていたけれど、ビートルズの出現によって、ビートルズに対するアメリカを代表する「対抗馬」と目され、本人も意識したのかどうかは分からないけれど、段々単純なヒット曲指向からより「上位」?の曲を目ざしだす。「ペットサウンズ」というアルバムを出して、レコード会社から疑問符を付けられ、次に「スマイル」という、多分、ビートルズのサージャントペッパーズに匹敵する作品に取り掛かっているうちに精神が病みだして長期離脱。
1988年あたりから復活基調になって、ソロアルバムを出しだす。その後サポートメンバーにも恵まれ、コンサートも出来るように。そうしていると、未完の「スマイル」を「ブライアン・ウィルソンのスマイル」と銘打って遂に発売、コンサートも出来るようになってDVDも出ている。復活してからの作品も多い。ディズニーの曲を歌ったのまである(よく聞く)
上記、正しいのか分からないけれど、僕が抱いているブライアン・ウィルソンの生涯。

いずれにしても、偉大なミュージシャンが亡くなった。
お疲れ様でした。ご冥福をお祈りいたします。
合掌。



2025/06/10

「NEW ROCK」の名付け親は誰だ??


 NEW MUSIC MAGAGINEという雑誌があった(今もあるのですけど)。
1969年の4月号から創刊。
5月号には「ロックをとおして世界をみる若者の雑誌」
6月号には「ニューロックとリズム&ブルースの専門マガジン」(1970年3月号まで)
1969年は浪人中であんまり一生懸命読んでいないというか、レコード紹介のところだけ読んでいた。
もう何回も書いているけれど、この雑誌は「中村とうよう」(故人)さんという方が創設された雑誌で、とうようさんの思いが込められた部分がかなり大きい。

それで6月号からのキャッチコピーにある「NEW ROCK」って誰が言い出した??って思い。色々と家に置いてある当時の雑誌をめくってみるけれど釈然としない。
1967年、1968年あたりから使われだしているけれど「私が名付け親」という人物に出くわさない。
ただ、音楽的には、ブルース・プロジェクトというグループが一番ニューロックの作掛けにふさわしいのではないかと思う。
それとやはり1967年の6月に開催された「モンタレーポップフェスティバル」に出た新人たち(それまでほとんど無名のグループ達)が「NEW ROCK」の担い手であることは間違いない。
ブルース・プロジェクト(アル・クーパー)
バタフィールド・ブルースバンド
ジャニス・ジョプリン(+ホールディング・カンパニー)
エレクトリック・フラッグ(マイケルブルームフィールド)







2025/05/30

Rick Derringer


 

「ハング・オン・スルーピー」のマッコイズのリック・デリンジャーの訃報が飛び込んで来た。今の感覚では「まだ若いのに」と思う。
「ハング・オン・スルーピー」がアメリカのチャートでトップになったのは1965年のことで当時18歳の頃となる。
マッコイズでは他にも「フィーバー」「カモンレッツゴー」というヒットを飛ばしていたがやがて解散。その後、なんとジョニー・ウィンターと「ジョニー・ウィンター・アンド」を結成、この時のライブアルバムは最高である。さらにエドガー・ウィンターとも活動を共にして「フランケンシュタイン」という曲をこれまた全米1位に。
その後、ソロアルバムを2枚(ジャケットをアップしておきました)、特に「ティーンエイジラブ・アフェアー」はシングルでもヒットして彼の代表作の一つとなる。
他にもシンディローパーのコンサートのバックバンドのリーダーを務め、確かパリのコンサートのDVDでは活躍する彼の姿も堪能できる。
その後、「デリンジャー」というバンドも結成してCDを出してますが、これは短命だった。
面白いのは、「DBA」というバンドで「デリンジャー、ボガード、アピス」。


意外と聞けます。
気楽に作ったであろうソロアルバムをよく聞いていたのに残念です。
ご冥福をお祈りいたします。合掌。

2025/05/28

お米


 お米が高くなって困っている。小泉さんが5Kgを2000円で出すと言ったら、そこまで政府が介入するのはいかがなものかとクレームを付けた同じ自民党の議員さんが出てきた。
その問題をとやかく言うつもりはないけれど。冷静に農水省、JAの動きを見て考えたら、もともとお米って日本では恣意的に価格が決められているように思える。自由競争なんかないですね。
アメリカのグーグルとか大きくなり過ぎたので分割させようという動きがあるけれど、独占状態というのは資本主義経済にとっていい結果は生まれないというのが過去の経験則によってそう言われている。
JAって完全に独占企業ですね。
元々2000円くらいで買えていたお米が自由競争下で4000円になったとは思えない。JAさんが仕組んだのだと思う。
しかもその利ザヤは農家に行かずJAに行くような気がしている。
やはり解体すべきですよね。

とまあ、単純に言えば上記のようなことを書いている人が多い。
個人的にはJAさんの役目も分かっているつもりやけど、独占は傲慢になる。歴史が実証している。
解体は言い過ぎでも、分割が必要だと思う。