2026/01/18

中道改革連合

全く変な世の中になって来たなと思っていたら意外と面白い展開になって来た気もする。
立憲民主党と公明党が合体して「中道改革連合」という団体になった。
もうボロクソに言ってる人もいるけれど、僕は意外と気に入っている。
細かいことで相違点を指摘している人もいるけれど、自民党の強みは烏合の衆の集まりで「何でもいいから政権とりたい人の集まり」と定義するのが正しい気がしている。そういう意味では少々の違いは無視して集まらないと自民党には勝てない。
高市さんと石破さんが同じ党にいるということ自体が不思議。石破さんも「中道」に合流しないかな。
不思議なのは滅茶苦茶に見える高市さんの人気が高いことで、どこを見たら人気が出るのだろう。僕はテレビに出てきたらご本人には申し訳ないけれどチャンネルをかえてしまう。
以前は民主党が政権をとった時は大嫌いで首相の名前も忘れてしまったけれど、あの時は自民党を応援したので、自民党が嫌いというわけでもない。
ただ戦後から今までの80年間戦争が起こっていない平和を崩してしまいそうな危険な匂いを高市さんには非常に強く感じる。実に危険。
自分の信念を持たれるのは大いに結構ですけど日本国民には非常に迷惑だと思っている。



 

2026/01/10

1972年の夏?敦賀、気比の松原

正直なところ何時の写真か思い出せない。多分1972年か73年の夏。場所は敦賀の気比の松原。
もともと泳ぎに行ったはず。ところが泳ぎに行かず麻雀ばかりしている我々を見て、民宿のオーナー(確か「中者荘」といったはず)が、「泳ぎに行かんと麻雀ばっかりしてるんやったら、俺の家で留守番がてら麻雀をやってくれ、家は家族は総出で民宿をやってるから空き家や」ということで、えっちらおっちら、引っ越した。確かすぐ裏だったような記憶が。もう不用心で空きっぱなしの家だったような。当時は周りは知った人ばかりで今みたいに不審者はいない時代ですわ。
民宿屋さんにしたら僕らにあてがっていた部屋を別の海水浴客に貸せるから「ええアイデア」だったわけ。
ご飯は3食食べに民宿に行く。食べたらオーナーの家に留守番がてら麻雀をしに帰るという日が何日続いただろう??
 とはいえ、時々海岸には海水浴とか海釣りとか、、全く麻雀しかしなかったわけではない。
写真は、空き家のオーナー宅で好き放題、飲んだり食ったり寝たり、そして麻雀をしたりしていた時の集合写真。残念ながら既に亡くなった悪友もいる。中には某都市銀行の役員になったものもいる。みんなが言う、「なんであいつが??麻雀下手やったのに」やっかみ集中(笑)。
僕は麻雀は下手な方だったけれど、この時はものすごく勝ったのを覚えている。

2026/01/01

2026 おめでとうございます。


 

馬のレコードジャケットは捨てるほどあるので選ぶのに苦労した。
ヒプノシスです。
2026年ってどんな年になるのだろう。
期待できないのは明白。
トランプ、プーチン、習近平・・・・もう独裁者ですね。
アメリカのラストベルトの労働者には仕事がまわり始めたのだろうか??
彼らができる仕事が生まれるのかな?
ウクライナはもうすぐ4年。太平洋戦争でも4年も続いていない。どうなるのだろう。
イスラエルとパレスチナもいったい今からどうなる??
日本も混迷を極めそう。






2025/12/31

未知との遭遇

今更、「未知との遭遇」を見たといっても笑われるかもしれない。
1978年の初めに日本で封切られていて、その時に映画館で見ている。確か招待券をもらったのかな、急遽もらった枚数の人数を集めてみんな?(何人だったか忘れてる)で見に行った。
実に感動して(僕はね)帰ってきたのを覚えている。
それで昨日、DVDを見た。47年ぶりに。スピルバーグの作品だったのか。トリュフォーが出ていたから彼の作品かと思っていた。同じ年の夏にはルーカスのスターウォーズだったのかと今になって不思議な縁を感じるというか、宇宙を取り扱った映画の技術がどんどん進んでいっていたことがわかってくる。
全然関係ないけれど、メリンダ・ディロン扮する宇宙船にさらわれた?子供のお母さんが宇宙人がやってきて地球人の前に姿を現したときにカメラで写真を撮る。ブランドが「ローライ」・・そうか当時のコンパクトカメラはローライ35だったのかと変なところで見入ってしまった。カメラマニアではないけれど1977年でコンパクトカメラは日本製ではなかったのか。
あの手話みたいなの覚えたのを思い出した。
名作だよね。
 

2025/12/17

キャシアン・アンドー


キャシアン・アンドーというディズニー・プラスのドラマをダラダラとみている。
シーズン2を見ていて、もう老化で耄碌してきてるからシーズン1のストーリーが思い出せない。シーズン1をもう1回見ようかと思ったけれどエピソードが12もあって挫折。
それでわからぬままにシーズン2を見て、「良かった」と思って、続けて「ローグワン」も見る。
1977年の夏に「スターウォーズ」を見て以来おおかた50年、あのスターウォーズの話の前の段階が実にうまく今になってつながってきた。
まさか、当時、ルーカスもこんなことになるなんて夢にも思っていなかったに違いない。
数か月前に「アメリカン・グラフィティ」を見て、この後「スターウォーズ」だよなあ。その意図は??とかどうでもいいことを考えていた。
「アメリカン・グラフィティ」にも続編があって、「モア・アメリカン・グラフィティ」という題名でルーカスは監督はしていない。監修をしていたかな。日本では「アメグラ2」で通っている。このアメグラ2になると、古き良きオールディズと車の1962年までの時代から、ケネディ暗殺、ベトナム戦争、学生運動・・・の一転したアメリカ社会が描かれている。
ルーカスの描きたかった映画って何なのだろうって時々思う。
スターウォーズという世界があって、どうも認めると認めないに限らず、登場人物の生い立ちを勝手に作り出してしまう無数の作家??がいて「正規」「非正規」の物語が増殖している感じがする。僕らが目にするのは、ルーカス公認の「正規版」なんだろうと思うけれど。
ちょっとだけ、一瞬目にするあの登場人物の人生って「こういうのじゃあないかなあ」と思う想像力が新たなスターウォーズの世界を作り出しているような気がする。
今回のキャシアン・アンドーには「フォース」の力が登場していない。
最近、あの「フォース」はなかった方がよかったのではと思うことも多い。
話は変わるけれど、中里介山の「大菩薩峠」と似た世界を思い出す。わかる人はいないでしょうね。大体「大菩薩峠」を読んだことのある人がいないだろうから。初めのチャンバラ小説からどんどん作家の考えが変わっていき、究極はあらゆる人間の姿を書き表そうとした小説。終わりの方は夢の世界をさまよっている感じだった。
机龍之介の「音無の構え」はほんの入り口。
閑話休題
スターウォーズの基本は、共和国(リベラル)と帝国(独裁者)との永遠の戦い。今の世界と同じ構図になっている。