
2011/09/09
ヨルダンカ・ドンコワ(2)
ソウル五輪の100mハードルのフィニッシュシーン。ブルガリアに金メダルである。1980年のモスクワ大会は西側がボイコット(アフガニスタン侵攻に抗議)して、1984年のロスアンゼルス大会は共産国家群(というよりソ連)はボイコットしたいけれどいい理由が見つからない状況で、なんかグレナダ侵攻(どんなモンやったかも忘れている)とかいう行為に抗議してボイコット、当時はソ連より東ドイツ(特に女性)のパワーがものすごく、この人たちが来なければ1984年のロス大会はアメリカの一人勝ちだったような気がする。そんで1988年にようやくみんなが集まっての大会になった。というわけでソウルで1番は世界1位ということになると思う。ある意味で1980年と1984年の頃にピークだった選手は可愛そうだった。あの瀬古さんは1980年なら多分金メダルだよなあ。1984年ではもう遅かったねえ。アメリカとソ連、資本主義と共産主義・・・こういうのはスポーツ選手(最近ではアスリートと言うんですなあ)には迷惑な存在です。
2011/09/08
ヨルダンカ・ドンコワ
100mハードルの世界記録12秒21が今も残っている。これも1988年8月樹立されている。彼女はソウルオリンピックで金メダル(この時は12秒38)をとって、次のバルセロナでも銅を獲得しているから、まあ評判どおり(実力どおり)の成績を収めたことになる。この人の名前をよく覚えているのはそれ以前(調べたら1986年)に何回も世界新を出して(それも2ヶ月くらいに数回)、その記事が毎回出て、記事が間違ってるのではと思った記憶が残っているからである。まあ走る都度世界新ということね。今では考えられない(いやボルトなら起こるか?)・・・ともかくすごいことをやってのけた選手でありますが、あんまり日本では知られていない。2011/09/07
galina chistyakova
20年以上も破られていない世界記録を見ていたら、このガリナ・チスチャコワの走り幅跳びの7.52mも破られていなかった。この長く破られていない記録を眺めていると、1988年という年が多いのに気づく。1988年ソウルオリンピックのあった年で、ベンジョンソンもフローレンス・ジョイナーもソウルの看板スターであった。ソウルオリンピックで出ていなくてもそれに標準をあわせてピークに持っていったのではなかろうか。ガリナ・チスチャコワは世界記録を引っさげてソウル入りするが残念ながら金メダルは取れなかった。すごくきれいな女性でムキムキではない。このガリナ・チスチャコワは、1996年のアトランタオリンピックにチェコの国籍で走り幅跳びと三段跳びに出場しているが決勝まで残っていない。足の手術とかで往年の力は戻らなかったみたいである。
この写真は何時見てもきれい。
2011/09/06
マリタ・コッホ
世界陸上が終わった。アリソン・フェリックスは残念がら個人種目で金を取ることが出来なかった。得意の400mはボツワナのA・モンショーに0.03秒の差で敗れた。モンショーの記録は49秒56だった。世界記録は1980年代に東ドイツのマリタ・コッホという人が持っている47秒60で多分これからも破られないだろうといわれている。こういう記録がいくつかあって、大体女子に多く、しかも東ドイツとロシアに集中している。多分ドーピングだろうと言われているが今となっては知る由もない。この人たちは言われるとおりに練習をし、与えられるものを食べそして飲み、死に物狂いで頑張っただけだと思うので、記録を剥奪したら可愛そうな気もする。あっそうそう、アメリカの選手にもグレーな記録が残っている。かの有名な「ジョイナー」である。真相は全て闇の中に消えてしまったのだろうか。
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