2013/09/11

秋田書店

秋田書店の景品のうその発送の問題で元女性社員が訴えて裁判沙汰になっている。秋田書店と言えば「少年チャンピオン」ですね。一時は売上NO.1の時もあったと思う。毎週買ってましたから。1975年~80年くらいの話。面白い漫画が多かった。「ガキでか」もそうだった。
こういうことを言うと間違えられたら困るけれど。こういう訴訟は大体訴えられる方に非があることが多い。
子供に夢を売ってきたんだから間違いは潔く認めて再生を図るべきだと思いますよ。

東京オリンピック 1964-4

にわかに1964年の東京オリンピックの切手や映画のDVDやこのコインも人気だそうです。そういえば僕も持っていたはず。当時コインのケースが売っていてそれにいれて机の上に飾ってました。何年か経ったときに1000円のコインが1万円という話を聞いて、そしたらもう50年くらい経ったらなんぼになるんやろ??と夢見ました。今の価値はきれいなもので2000円くらいだそうです。僕の持っていたのはしばらくしたらなんというのか「さび」ですか(銀ってさびる?)ようわかりませんが黒っぽくなってきました。100硬貨なんて財布にじゃらじゃらするくらい持ってます(持ってたはず)にわかに家探しせんとあかんかなあと思ってますが、出てきても売りませんけどね。

2013/09/10

東京オリンピック 1964-3

哲人アベベの風貌を探したらありました。市川昆監督の「東京オリンピック」のメインの画像の一つに数えることができると思います。この雰囲気で黙々と走ります。
アベベについてはすでに何回か書いたのですが、東京オリンピックの最注目のアスリート(当時はこういう呼び方はしなかったですが)の1人です。前回(1960ローマ大会)では全くの無名でしかも裸足で走って優勝ということで当時小学生の4年であった僕が知っているということはかなり話題なったということだと思う。翌年日本に招かれて(すぐ呼ぶのは昔から日本のお家芸みたい)、大阪城から岸和田城の間を走った記憶があるけれどこの時は靴を履いていた。それで東京では裸足では走らないだろうと僕は思っていたけれどマスコミはひょっとしたらゲンを担いで裸足で走るのではと書き立てていた(エチオピア人がゲンを担ぐ??)。本番ではちゃんと靴をはいてました。

2013/09/09

東京オリンピック 1964-2

オリンピックの映画は1965年の春に初めて見た。当然のことながら東京オリンピックの映画である。3月に京都の京都会館に試写会に行った。4月にはおばあちゃんを連れて梅田のスカラ座に行った。もちろん監督は市川昆さんで・・・・まあ知ったかぶりで書いてますが、市川昆という人が大監督なんて当時(中学生)の時は全く知らないわけです。
正直NHKのオリンピック放送の時系列的なドキュメンタリーくらいに思っていたわけです。ところがそういうものでなく、正直なところ試写会の帰りには友達と「どう言っていいかわからんなあ」と言いながら帰ってきた。オリンピックの開発のためにビルを壊す鉄の塊が大きく映し出されるというような構図はもう映画の素人にはびっくりした世界で、正直めっちゃ名作やんと思い出すのはずっと後の話です。
僕はDVDで時々今でも見るのですが見る度に名作だと思ってしまいます。あのアベベの哲人のような風貌がスローモーションで大きく走って行くさまや、10000メートルでロン・クラークとガムディとミルズの最後の1周のスパートもテレビでの捉え方と違っていて実にドラマチックです。女子の800メートルのアン・パッカーがフィアンセのところまで走っていくところとか、筋書きがないのによく捉えていたなあと思ったり(聞くところによると毎日ものすごい量のフィルムを使ったらしいです)、後にも先にもオリンピックの映画はこれしか見たことがないので比較できませんがもう名作だと思ってます。あのリーフェンシュタールの美の祭典は何べんも借りかけてまだ見ていない。

2013/09/08

東京オリンピック1964

目下、東京で2回目のオリンピックが開催されるか実況を見ている。雰囲気だけ伝わってくる。まあ絶対に東京にという気もないけれど、開催されたらそれなりにいいかなという気持ちです。1964年の時ほど開催の意義があるとも思えないから。
ただ開催されたら、僕が1964年に受けた同じような感激が今の少年少女に伝わるかはわからないですね。もう海外の情報はリアルタイムで伝わってくるし、新聞や雑誌で噂されていた選手が実際にテレビの前に現れるというような感動は多分そういうものはないのだろうと思う。
あの時はとことんアメリカの強さというものを目の当たりにしてアメリカの国歌を覚えてしまったくらいだった。
そういう意味では50年経って開催されるオリンピックは(開催されるとしたら)どういう意味があるのかなと考えてしまう。1964年の時は新幹線が出来、名神高速が出来、何でもかんでもオリンピックに合わせて出来上がり、まあ戦後から近代国家への集大成みたいなものだったように思う。
当時10月10日にはオリンピックの記念切手が発売され、学校が始まる前に並んで買おうとした生徒が結構遅刻して問題なったことを思い出した。
あの日は本当に快晴で、土曜日だったからほとんどの国民は家でテレビの前だったと思う。
当然カラーテレビはないから白黒でアップした写真みたいなイメージで見ていた。確かザンビアというアフリカの国が誕生して、誕生してすぐ参加した(こういうことって可能だったのかな??)というような記憶がありますがこれももう昔々の記憶です。
でもですねすごく楽しかった思い出がある。
そういう意味では、今度もやってもいいのかな。