2025/07/26

ハルク・ホーガン


 ほんとに訃報が続く。
今度はプロレスラーのハルク・ホーガン。71歳
僕は、力道山世代なので、知っていると言ってもジャイアント馬場、アントニオ猪木くらいまで。なんか新しいプロレスとか言い出してから見なくなった。
そういうわけでハルクホーガンのプロレスを一生懸命見ていたかと聞かれればほとんど知らない・・・・はずなんですけど、この人色んなところに出てきている気がする。僕が知っているくらいやから。
シンディローパーと仲がよかった記憶があったので写真を探したら結構ありました。
Wiki見たらベーシストでもあらせられる。多才。
熱心なファンでもなかったけれど、寂しい気がする。
合掌。

2025/07/22

渋谷陽一

渋谷陽一さんが亡くなった 。
僕より少し若い。先日和泉雅子さんが亡くなって、明治学院大学の近所の「ホテルメイツ」の最上階に住んでいたことを思い出していたら、渋谷陽一も明治学院大学だったはず。
ほとんど世代が同じで音楽の嗜好もほぼ同じなので反って鬱陶しい奴だった。
褒める奴がいたらますます反感を抱いて反論していた(笑)
僕の愛読していたニューミュージックマガジンの愛読者だったはず(初めは)。その後、アンチNMM路線に方向転換したような気がしている。NMMの創刊期に毎月投稿していた連中もロッキングオンの編集に加わって、大丈夫かなと思われる「ロッキングオン」を立ち上げて、初めは読むに堪えなかった雑誌だった。ひたすら自己満足、何言ってるか分からない。
ただ、こういう雑誌を好む人がいるということを分かっている感性というのが僕と違うところで、知らないうちに気がつけば立派?な雑誌になっていた。
多分、中学生の頃、関西に住んでいたらしく(多分、兵庫県の川西あたり)、1964年にビートルズの映画(ヤアヤアヤア)を見た話に、ウエストサイド物語と併映だったという話をラジオで聞いたことがある。
僕も同じ経験をしていたのでますます鬱陶しさが増した思い出が(笑)
ともかく、ロック音楽という切り口で、日経にも訃報が載るという快挙??に少なからず驚くと同時に、ゴチャゴチャ「ロックとは???」と能書きを垂れていた時代が終わろうとしていることを実感。
ともかくお疲れ様でした。合掌。
アップした写真は当時のハードロック馬鹿(失礼)
左から、伊藤正則、渋谷陽一、大貫憲章の3人。両脇の2名は存命(多分)。
 

2025/07/19

Connie Francis

今年は訃報が多い。
「可愛いベイビー」のコニー・フランシスが亡くなった。87歳。
僕はビートルズ世代なので、この人がヒット曲を連発している時期は知らない。ただビートルズを聞く前にテレビから流れていた日本人(伊東ゆかり、弘田三枝子・・・)の歌が実はカバーしたものだということを知るのは、ビートルズによってアメリカのヒットチャートを調べだしてからだった。
1960-62年あたりが全盛期。彼女については詳しい方が大勢いらっしゃるので割愛。
僕は、何となく「古き良き時代」を代表する歌手さんだった気が勝手にしている。
1963年にケネディが暗殺されてから、アメリカは新しい時代に突入したような気がしている。音楽もビートルズを筆頭とするイギリス勢にとって代わられた。
考えれば、ヒットの頂点を極めてから随分長生きをされたことになる。
その後の音楽の変遷をどのように思っていたのだろう?
ともかくお疲れ様でした。
合掌。










 

2025/06/12

Brian Wilson


 Brian Wilsonが亡くなった。82歳。
さすがに大物で一般紙にも大きく取り上げられている。
有名なので詳細は割愛。
個人的なBrian Wilsonとは、ビーチボーイズの長男、初めはサーフインの曲で「楽しいアメリカ」を歌ってヒットを飛ばしていたけれど、ビートルズの出現によって、ビートルズに対するアメリカを代表する「対抗馬」と目され、本人も意識したのかどうかは分からないけれど、段々単純なヒット曲指向からより「上位」?の曲を目ざしだす。「ペットサウンズ」というアルバムを出して、レコード会社から疑問符を付けられ、次に「スマイル」という、多分、ビートルズのサージャントペッパーズに匹敵する作品に取り掛かっているうちに精神が病みだして長期離脱。
1988年あたりから復活基調になって、ソロアルバムを出しだす。その後サポートメンバーにも恵まれ、コンサートも出来るように。そうしていると、未完の「スマイル」を「ブライアン・ウィルソンのスマイル」と銘打って遂に発売、コンサートも出来るようになってDVDも出ている。復活してからの作品も多い。ディズニーの曲を歌ったのまである(よく聞く)
上記、正しいのか分からないけれど、僕が抱いているブライアン・ウィルソンの生涯。

いずれにしても、偉大なミュージシャンが亡くなった。
お疲れ様でした。ご冥福をお祈りいたします。
合掌。



2025/06/10

「NEW ROCK」の名付け親は誰だ??


 NEW MUSIC MAGAGINEという雑誌があった(今もあるのですけど)。
1969年の4月号から創刊。
5月号には「ロックをとおして世界をみる若者の雑誌」
6月号には「ニューロックとリズム&ブルースの専門マガジン」(1970年3月号まで)
1969年は浪人中であんまり一生懸命読んでいないというか、レコード紹介のところだけ読んでいた。
もう何回も書いているけれど、この雑誌は「中村とうよう」(故人)さんという方が創設された雑誌で、とうようさんの思いが込められた部分がかなり大きい。

それで6月号からのキャッチコピーにある「NEW ROCK」って誰が言い出した??って思い。色々と家に置いてある当時の雑誌をめくってみるけれど釈然としない。
1967年、1968年あたりから使われだしているけれど「私が名付け親」という人物に出くわさない。
ただ、音楽的には、ブルース・プロジェクトというグループが一番ニューロックの作掛けにふさわしいのではないかと思う。
それとやはり1967年の6月に開催された「モンタレーポップフェスティバル」に出た新人たち(それまでほとんど無名のグループ達)が「NEW ROCK」の担い手であることは間違いない。
ブルース・プロジェクト(アル・クーパー)
バタフィールド・ブルースバンド
ジャニス・ジョプリン(+ホールディング・カンパニー)
エレクトリック・フラッグ(マイケルブルームフィールド)