2020/08/13

坂本九とリッキー・ネルソンとボブ・ディラン

 意外と飛行機事故で亡くなったミュージシャンは多い。一番有名だと思われるのが、ドン・マクリーンのアメリカン・パイで有名になった3人、つまり、バディ・ホリー、ビッグ・ボッパーそしてリッチィー・バレンスの3人。
ロックンロールの黎明期の事件です。
あと、記憶だけで列記すれば

オーティス・レディング
ランディ・ローズ(ちょっとマニアック?僕は好きですが)
レナード・スキナード(メンバー全員かどうかは覚えていない)
チェイス(これは多分全員)
スティーブ・レイ・ボーン
ジム・クロウチ
ジョン・デンバー(自分で操縦していても事故ですね)
リッキー・ネルソン
そして坂本九

村上春樹の本に「スメルジャコフ対織田信長家臣団」という訳の分からん本があって(どっちかというとこっち系が愛読書です)

ボブ・ディランの武道館コンサートに行った時に、ボブ・ディランがリック・ネルソンの「ロンサム・タウン」と坂本九の「上を向いて歩こう」を歌ったと書かれてます。2人とも飛行機事故で亡くなったからですね。

ボブ・ディランの「上を向いて歩こう」ってもう想像できない。








2020/08/12

坂本九 と 日航機事故

昨日、アメリカのヒットチャートのナンバーワンのことに触れて、「ボラーレ」と「スキヤキ」と「ドミニク」の3曲のことを書いたら、偶然というか、もう失礼ながら忘れかけていた35年前の飛行機事故のことをニュースで思い出した。
下にアップしたのはダニー飯田とパラダイスキングのレコードジャケットで真ん中で正面を向いているのが坂本九さんです。正式のメンバーだったのか、このグループ、リードボーカルを臨時?正式にメンバーにしていたのか分からないけど、坂本九、九重佑三子、富松千代志?とか時代と共に適当に替わっていった記憶がある。
坂本九はデビューして意外と早く「悲しき60才」がヒットして、すぐ「上を向いて歩こう」が大ヒットして、どういう訳かあちら(イギリスやったかな)のバンドがインストで吹き込んでスマッシュヒットして、どういうルートでアメリカでかかりだしだしたのか忘れたけど(詳しいことはいっぱい当時書かれている。どれがホンマかわからないけど)、そのまま日本語のレコードが売れて全米1位になる。当時はリトル・ペギー・マーチ、ポールとポーラ、ビーチ・ボーイズがひしめき合っていた時代。1963年6月の大ヒット、年間でもベスト10に入っている。(今でもすごいことです)

パラキンの作品を聞いていると、坂本九と九重佑三子が抜群に上手い。あと「お化けのQ太郎」の石川進(この人もボーカル担当だったみたい。写真では左から2人目、まだ格好つけてる時代)の「ビキニスタイルのお嬢さん」も楽しい。石川進はこの曲とお化けのQ太郎で芸能界を生き延びた?
「上を向いて歩こう」は出た時にレコード屋で買った。多分300円しなかった。
NHKの「夢で逢いましょう」という土曜日の夜の番組の今月の歌みたいな感じだったような記憶が残っている。ジェリー藤尾の「遠くへ行きたい」も同様の曲だったような。

昔、仕事で日航機事故でお父さんを亡くされた方と仕事を一緒にしたことがある。周りの人からの情報で、ご本人は一言もそのことに言及されることもなかったのでこちらも確認せず。尋ねて「そうです」と言われてもどう返すのか??単なるミーハー以外何物でもないですから。
さらに、僕の出た高校の先輩が経営している高槻の看護学校に、あの事故で助かった女の子が大きくなってその学校に在学しているという噂もたったことがある。
亡くなった方々はもちろん残念ですが、残された方々もちょっと(大分?)普通とは違う人生を歩まれていそうでなかなか生きることは複雑怪奇なところがあります。
幸いにして生き残った方々や日航の関係者のその後のゴシップを聞くと日本人の民度はそれほど高くないかなと思ってしまいます。コロナでは民度は高い方だったのですけど。



2020/08/11

オランダのグループ 他全米ヒットチャート考察

 
1970年の初めに「ビーナス」という曲がアメリカで1位になって大騒ぎになった。
なんせアメリカ以外の国のアーティスト(歌手、バンド・・)が1位になるというのは、ビートルズ以前では非常に珍しく(トーネドーズ、坂本九くらいか?)、ビートルズ以降イギリス勢がトップになるのは珍しくなくなっていくけれど、他の国のヒット曲がアメリカでヒットするのはやはり珍しく、1位となると極めてレアケースだった。
ショッキングブルーというオランダのバンドがそれで、マリスカ・ベレスという女性ボーカリストが売りだった。そしたらその後アース&ファイアーというバンドがやはりオランダから出てきて、これはアメリカでヒットしたのか知らないけれど、日本では「シーズン」という曲がかなり流行った。
この二つのグループの共通点はボーカルが女性ということで、マリスカ・ベレスの方は2枚目でわかるように立派に成長?されてます。アース&ファイアーの女性はオランダでは有名みたいですが、日本語のものが少なくちょっと現在の様子が分かりません。
「ビーナス」は日本ではカバーされまくって、本家が分からない。やはり長山洋子もんが一番かな?荻野目ちゃんのもよく聞いたけど。
蛇足ながら、ショッキングブルーって人種差別主義者(今でもそういう主義者っているのかな?白人至上主義でもないのか?)だったらしく(竜馬さんのブログによると)、日本人って「猿」だと思っていたらしい(そしたら来るなよ)。でもちゃっかりライブ・イン・ジャパンまで作って帰っている。
「悲しき鉄道員」というのも流行ったなあ。
でも、言葉が分からないというのは一種の幸せでもあった時代なのかも。
ショッキング・ブルーのコンサートに行った人は猿だと思われているのに、手を振っていたわけですから(俺も行っていたら振ってますけど・・)

そんで、アメリカのヒットチャートにランクインしたアメリカ人以外?を調べてみると、まず定義が難しい。
いろいろと調べておられる書き込みはあるのですが
英語圏以外
国籍がアメリカ以外
母国語で歌っている   ・・・・・

色々と定義が出来ます。坂本九みたいに、日本人で日本語みたいなのはもう揉めませんが、英語で歌っている外国人もたくさんいますし、さらにインストルメンタルになればもう何人でも関係ない・・・考えてみたら難しい。
先述のトーネドーズはイギリスのインストバンドです。
ビートルズが出るまでの唯一の全米1位のイギリス勢だったはず。

KARL M.さんのブログに詳しく書かれてますが
僕が知りたかった、全く英語以外で歌われたアメリカ人以外の全米1位のヒットは下記の3曲

■ボラーレ/ドメニコ・モドューニョ(1958) イタリア/イタリア語
■ドミニク/シンギング・ナン(1962-63) ベルギー/フランス語
■スキヤキ/坂本九(1963)日本/日本語

ただ、英語以外という枠組みで考えたら、ロス・ロボスも該当。

■ラ・バンバ/ロス・ロボス(1987)アメリカ(ヒスパニック)/スペイン語

ABBAとかA-HAとかROXETTEなどの北欧陣は、英語で歌っているからもう特別扱いする必要がないくらいで、特にスウエーデンはもう全米ヒットチャートの供給源みたいな感じになって来てる。
さらに、アメリカ人?って人種的にはいないですよね。僕の定義が間違っている?。
国籍で行けばいいのかとか悩みが増幅。
1位でなければ、ベスト10以内とかになればもう数えきれない。

ただ日本人に限れば、坂本九しかいない。
期待できるのは「BABY METAL」のみか?気がつけば2人になってますが。
ヘビメタの大御所との記念写真が実に楽しいです。タトウーの馬鹿でかいヘビメタおじさんと小さい子供みたいな少女との記念写真・・。
アルバムでは坂本九の14位を抜きましたから。




2020/08/08

悲しきカンガルー




 

「悲しきカンガルー」というヒット曲があります。僕が中学生の頃はやりました。
なんと言っているのか全然わかりませんが、タイミーカンガルーダンスホーってよく歌ってました。
日本ではいっぱいカバーする歌手さんが出てきて、今回アップしたのはザ・ピーナッツとパラキン、さらになんとアメリカのパット・ブーンまでカバーして大盛況だった。調べたらもっと出てくるはず。
パラキンの歌では、単純な失恋?の歌かなと思えますが、オールディーズに関しては「竜馬のブログ」さんが非常に詳しいのでそちらを見に行くとオリジナルの歌詞の内容が紹介されている。
全然違うやん。子供が楽しそうに歌うべきものでなさそう(もっとも今は歌詞が変わってきているようですが)。
こんな風に、オリジナルの歌詞を全く変えて、全然違う歌にしてしまっていることって昔はかなりあったような記憶があって、そのあたりは著作権(知的財産)なんていう概念も最近の話のように思うから当時(50年も前)なら何でもありの時代だったように思える。ふと思ったけど、ジョーン・バエズの歌に「ドナドナ」ってあります。子供が小学校で習ってきて、歌詞は日本語で「家畜(子牛)を屠殺場」に連れていく歌でした。もともとそういう歌??だったの。当時驚いた記憶があります。
僕は今まで歌詞には全く興味を示さずに音楽を聴いてきたので、どうも事実とかけ離れた知識を持ってしまったかなと今になって感じている昨今です。
最近ちょっと歌詞に興味を感じて、歌詞カードと辞書の時間が増えております。これもコロナのプラスの面かな。
トラフィックの「ジョン・バーレイコーン・マスト・ダイ」に挑戦しようと思っている。
単純なお酒の作り方の歌??




GENE PITNEY

 あんまりコロナで愚痴を言っていても仕方がないから、趣味の世界にというか昔の思い出話に突入しよう。
上の写真、ストーンズですが、3人別におります。3人とも有名人。
左からフィル・スペクター、ジーン・ピットニー、ブライアン・ジョーンズ(これはストーンズ)、そしてアンドリュー・ルーグ・オールダムで後はご存知の面子。
今日は、左から2人目のジーン・ピットニーについて書きたい。
ジーン・ピットニーって・日本では「ルイジアナ・ママ」で有名。僕が小学6年の時のヒット曲、ただ僕がよく聞いたのは飯田久彦さん、そうです後にピンク・レディーを世に出した人。この頃はデル・シャノンの「悲しき街角」とこの「ルイジアナ・ママ」で大当たりの歌手さん。
段々アメリカのヒット曲について詳しくなってくると、「ルイジアナ・ママ」ってジーン・ピットニーの持ち歌には違いないけれどアメリカではヒットしていない。
彼は「非情の町」と「リバティ・バランスを撃った男」の2曲で有名。
あとは、リッキー・ネルソンの「ハロー・メリー・ルー」の作者としても有名。
調べていくと「ルイジアナ・ママ」は、確かに彼の持ち歌で、シングル盤になっているけど残念ながらアメリカでは流行らなかった。日本だけの大ヒットでしかも日本人が歌ったもの。でも調べたら、飯田久彦のおかげでその後本人のもそこそこ売れたらしい。
余談になるけれど、小6の時に、友達が木琴で「ルイジアナ・ママ」を弾ける子がいた(たたく?)、上手かった。
「あの子はルイジアナ・ママ、やってきたのはニュー・オーリンズ」。
「髪は金髪、目は青く」「デキシークィーン」
皆で歌っていた。
何のこと??「ママ」→「お母さん」、「ニューオーリンズ」何処??地名だと知らなかったかも。
「びっくり仰天有頂天」
「あたりきしゃりき・・・」
日本語になっていても全然意味が分からなかった、ただテンポがよく、なんかわからんけど小学生の中でも流行った。

「悲しき少年兵」とか「燃ゆる想い」とか日本だけでヒットして、本国(アメリカ)では無名というケースは、探せば他にもあると思うけれど、こんな例は珍しいかも。