2019/09/29

昔の思い出

手前に写っている低く見えるアパートがどうも取り壊されるらしい。奥の方は新しいマンション。
手前のアパートは大阪の茨木の春日町にある三和銀行(今はどこの銀行??)のアパートです。
多分1960年代の初めにできたと記憶している。もう人はほとんど住んでいなかった感じがする。
奥の方のマンションもその前は東レ(当時は東洋レーヨン)のアパートだった。
同じ頃この地域にはどんどん企業のアパートが建設され、僕の通っていた春日小学校にアパートが出来る都度転校生が入ってきた。他にも但馬銀行とかの社員寮が出来たり、もう花盛りだった。
その時に思ったのは、どうもあのあたり(三和銀行、東レ…)の子供は頭がよくお稽古事をやっているという印象がつよく残っている。特に女の子はピアノとかまれにバイオリンとか・バレエとか・・・
昔の茨木に昔から住んでいる子供の世界とはちょっと違うなという印象だった。
ただ、その後思ったのは頭は一緒、ただ生きるスタイルが洗練されていただけだとわかってくる。
所詮、あほはあほ。お利口はお利口さん
かくいう僕も小学校3年に転校してきたので地元の人間ではないけれど、一つの企業から集団で入っているということでもなかったので、なんか同じ会社に勤めている子息がドバっと入ってくるのは結構圧巻だった。中にはドイツにいましたとか・・・海外経験がある子供がいたり。ドイツ帰りの女の子はもうなんというか日本人と思えなかった。なんというか立ち振る舞いが日本人ではなかった。
僕にはめっちゃ格好良かったけど、同じ日本人でこんなに違う雰囲気が出るなんて驚きでした。
本人は苦労されたかも。倉田さんといったかな。可愛いかったです。しかも小学生のくせに毅然としておられました。
もともと農家ばっかりの地域だったので、段々打ち解けて入植者?たちと話をするようになると驚きの世界が聞けて楽しいというかもうみんなで劣等感を感じたり、それなりに刺激を感じた時代です。
なんというか勉強せんと出世できないサラリーマンの世界とそんなに勉強せんでも田んぼがあったら食える世界と、それぞれ形成される人生観、子育て感が違っていくなあと大人になってから思った。
それと、その後大学生になってからこの地域の郵便配達のバイトをしたことがある。その時思ったのは三和銀行も東レも「日経ビジネス」という雑誌を皆さん購読しているということでした。
自費なのか、会社の負担なのかはわからないけれど、なんか「日経ビジネス」という雑誌は三和銀行と東レの社員がよく読んでいるのだなと、その時の記憶です。
それが原因か知らんけど、今も自分で購読している。
ぼちぼち経済活動からお別れしたいなと思ってますが、なかなか難しいです。

多分立派なマンションが出来るのだろう。



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