2020/11/01

SEAN CONNERY


あの007のション・コネリーが亡くなった。昨日マーガレット・ノーランの追悼コメントを書いたところで不思議な因縁を感じる。
僕の人生にビートルズと東京オリンピックが大きな影響を及ぼした云々と書いたことがあるけど、負けず劣らず007の影響も大きい。具体的にどんな?って聞かれても困るけど、別にスパイになりたいとも思わなかったけど(なれるか!)、米ソの対立なんかはここから仕入れたように思う。
007といってももうショーン・コネリーがダントツで・、他の俳優さんは僕にとってはまあ付録みたいなもんです。
当時はハヤカワと東京創元社の本を全部揃えていた。

下のはシリーズ最高の名作「ロシアより愛をこめて」(初めの邦題は「007は危機一発」だった)の代表的なシーン。もうダニエラ・ビアンキが実に美しい。
ダニエラ・ビアンキはこの後スター街道まっしぐらと思ったけれど、ご本人が英語が苦手だったようでハリウッドには行かなかったみたいです。(本人はイタリアの女優さん)

「007は二度死ぬ」の日本のロケ地、鹿児島県の坊津の近くの秋目にも大学生になってから行ったことがある。今は記念碑があるみたいですが、当時はなくって、現地のおばあさんに聞いてロケをした民家を教えてもらった。

007を撮らなくなってからも、沢山の映画に出ていていい作品が多い。個人的には「ザ・ロック」と「薔薇の名前」がお気に入り。1964年は007を撮りながらもヒッチコックの「マーニー」とか、あのアルレーの「わらの女」(ジーナ・ロロブリジータと共演)も撮っていたし、当時は実によく働いていた(超売れっ子)印象が残っている。

「マティーニ」というお酒(カクテル?)(シェイクで、ステアしない・・当時意味が分からなかった)を知ったのも007ですし、アストンマーチンという高級車を知ったのも007だった。
いい夢を見させていただきました。

ご冥福をお祈りします。合掌。




 

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