1985年8月12日に起こった墜落事故。あれから40年。
失礼ながらかなり忘却の彼方になっておりました。
仕事の付き合いでお父さんがこの飛行機に乗っておられた子息さんたちを知っていたり、割合近所の看護学校に生き残られた4人のうちの1人が学ばれていたり、時々思い出すことはありましたが、40年も経つと知らない人も増えて「そんなことがあったなあ」という感じが蔓延してます。
先日、偶然、青山透子さんの「日航123便墜落の新事実」を読んで、事故当時ささやかれていた「ミサイル誤射説」がまだ生きていたのかと驚いた次第。ただこの本、非常にしっかりと書かれていて信じる人は多いと思う。
ただ、よく考えたら、僕らの知識では判断できないことが多い。飛行機に穴が開いたら外に吸い出される映画を見ていると、誰も吸い出されていないなとか???
公式の見解のボーイングが尻もち事故の補修をミスった説の賛同者らしい「杉江弘」さんのYouTubeを見ていると機長を初めとする3人が酸欠のため意識不明だったと思われる約10分間くらいが明暗を分けた?のではないかという説の方が僕には説得力があった。
「陰謀説」はコロナの時もあったし、ウクライナ戦争でも出て来る。
ケネディ暗殺の報告書は信用できないけれど、日航事故はどうだろう。
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