2025/08/20

昔の思い出(1973) 千里ニュータウン編


 大学に入ったのが1970年であるから、3年の時、夏休みに一度だけ変わった(内容はごく普通)アルバイトをした。要はカメラのフィルムを売るだけのアルバイトで、しかも1日だけだった。
たまたまその日が空いていたので、今となっては思い出せないけれど大阪市内の写真屋に行ってバイトの内容を聞いた。
要は、千里ニュータウンのスーパーに行って夏休みの旅行等に使うフィルムを売ってくれと言う実に簡単明瞭なバイトだった。千里ニュータウンのショッピングセンターに出先の店があるみたいで、そこに屋台があるから、それを広場に出して「フィルムはどうですか」と呼びこんで売って欲しいらしい。
朝から行って、「フィルムどうですかあ」って呼び込みは適当にやっていても、結構売れた。デジカメ、スマホの時代でないから24枚撮り、36枚撮りがどんどん売れた。まあ家族で旅行に行ったら一日に何本も使うからね。
まあ、誰がやってもそこそこ売れたのですが、偶然、グアムかサイパンに行くというセミプロ?みたいな客が来て、普通の人の買う10倍くらいの量が欲しいと言う。屋台の在庫では足りない。それで出先のところから補充して賄った。それで1日だけのバイトは終わった。桃山台から新大阪まで北大阪急行で帰ってきたら、高校野球の銚子商業の選手たちと出くわしたのを覚えている。高校生とはいえ体格はしっかりしていて、当時は名門強豪の評判だったので「お~」っと眺めてしまった。翌日だったかな、電報が来た。
当時でも電報は珍しい時代になっていた。もう電話の時代のはず。誰からだろうと思ったら、先日の写真屋だった。もう1日頼みたい旨の電報だった。該当日は僕は空いていなかったので、バイトが好きな友人に代わってもらった。後日、その友人に「どうだった?」と聞いたら、僕が体験したような「特需」はなかったらしい。まあ当たり前。
時々、電報が来たことを思い出したり、銚子商業を思い出す。

本当に人間の頭の中は不思議です。

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