2021/02/24

SMILE


 


色々といわく因縁のあるレコード(CD)って数多くありますが、僕の人生の中ではこの「スマイル」というレコードが一番摩訶不思議な経過を辿ってきたように思えます。
ビーチボーイズの次のアルバムは「スマイル」と言いますというアナウンスがあったのはいつの頃だったのかもう覚えてませんが多分1967年のはず。
ビートルズのサージャントペッパーズを意識したビーチボーイズからのお返しだという触れ込みでした。「どんなんやろ」って誰もが思います。当時のビートルズに対抗できるのはローリング・ストーンズとビーチボーイズだけだと思ってました。ストーンズの「サタニックマジェスティーズ」は僕の考えでは見事にこけたと思ってましたから、ビーチボーイズはどうなんだろうって期待と不安が混じってたように思います。
それが、なかなか発売されない、しまいに幻の作品になってしまい。ビーチボーイズの実質的なリーダーである(この人がほとんど作っている)ブライアン・ウィルソンはこの作品にのめりこんで「おかしく」なってしまったとか・・・いい噂は出てこず、その後のビーチボーイズはブライアン抜きで活動が続いたように思う。
ただ、ブライアン抜きのレコードの中に「スマイル」に収録されたであろう曲が混じるようになって、そこから宝さがしみたいなマニアが出てくるようになる。(僕は参加してないけれど気にはしてた)
例えば下の「スマイリー・スマイル」というアルバムは、「スマイル」だと思った人も多いという話です。僕もそう思ったもんね。
で、その他のアルバムにも断片が散りばめられているとか言われだして、もともとそういう作戦ではないかと穿った考えを持つ人も出てきて、混沌とした時代が長~いこと続く。
心身ともにフラフラだった肝心のブライアン・ウィルソンが回復の兆しを見せてソロアルバムを出したのが1988年だったかな(僕はこの年に買った記憶がある)、そのあと結構順調にソロアルバムを出して、突然「ブライアン・ウィルソン・プレゼンツ・スマイル」という幻のビーチボーイズの「スマイル」を個人名義で出してきた。2004年の出来事。これには驚いた。一番上の写真ですね。
変な感動と疑問が起こりましたね。
これを1967年に出していたらどうだっただろうとか?
当時ブライアン・ウィルソンが考えていた世界とはこんな世界だったのか??

でも正直、1967年にこのレコードを出していたらファンはついていけなかったかな?と思ったり。

2004年に聞いてから、意外と毎日聞くようなった。もうあふれるCDに囲まれている生活を送っているから、高校の時代みたいに毎日同じレコードを聴くようなことは皆無になってましたが、これは毎日聞きましたね。このCD1枚、フルフル録音されていて長いですが飽きない。不思議な魅力が詰まってる。
「英雄と悪漢」が始まる一瞬の間合い
「グッドバイブレーション」が始まる前の一瞬の間合い   最高です。
ツエッペリンのハートブレイカーからリビングラビングメイドに移る一瞬と同じ感覚(誰がわかるねん?)。

それで、ブライアン・ウィルソンのスマイルばかり聞いていたら、驚くことに本家であるビーチボーイズのスマイルがこの世に出てくることになった。僕はこのボックスセットを買ってまだ開けずに飾ってある。(開けてないボックスセットがかなりある。ピンクフロイドとか・・・)
聞くために、別にCD1枚買ってます。

正直なところ、録音された時代(技術)の差かもしれないけれど、ブライアン・ウィルソン・バージョンの方を結果的にはよく聞いている。一緒のはず、ただ一曲一曲について聞き比べたりはしていない。ざっと全体の感じです。
でもよく考えたら、この2つはどういうものなのかな?多分詳しいことは既にオープンになっていると思いますが、ブライアン・ウィルソンが所有している膨大なテープに手を加えたことになるはず。ビーチボーイズのバージョンもブライアン・ウィルソンが監修しているのでは???
ちょっと調べてみようっと。
昔から曲名や順番は分かっていたので、ブライアン・ウィルソン・バージョンで明らかになったとは思えないし、出そうと思えばブライアン・ウィルソン・バージョンを待たずに出せたのかな?その辺のいきさつを調べてみたら面白そう。

続編は後日ということで、ダラダラとなりました。





2021/02/23

1965年2月のイギリスのヒットチャート


 



シーカーズのフェイスブックをフォローしていたら、彼らがイギリスで1位になったチャートをスクラップしていて載せていたので流用させていただきました。
当時はまだイギリスのチャートを見る機会がなく話で聞くだけ、雑誌で読むだけ、例えば「ニュー・ミュージカル・エクスプレスで1位になりました」とか「メロディ・メイカーで1位になりました」とかね。当時はやはりアメリカのキャッシュボックス誌とビルボード誌で1位にならないと権威がなかった時代です。
アップしたのはNMEと書いてあるからニュー・ミュージカル・エクスプレスですね。
1965/2/17付です。もうイギリスのグループ、歌手がほとんど。当たり前だと今なら思いがちですが、多分昔はもっとアメリカのミュージシャンが多かったと思います。
1位はもちろんシーカーズ、2位はキンクスの「タイヤード・オブ・ウェイテング・フォー・ユー」、イギリスでは1位になっていたのですね。今まで知らなかったです。(何年経ってるんや?)3位はアメリカのライチャス・ブラザーズの「ふられた気持ち」(これはアメリカでも1位)、よく見たら13位にシラ・ブラックのカバーもんが入ってます。まだこういうことが起こっていた時代。同じ英語圏内でもアメリカのヒット曲をイギリスの歌手がカバーしてヒットさせていた。
4位はウェイン・フォンタナとマインドベンダーズの「ゲーム・オブ・ラブ」、これはこのあとアメリカに上陸して1位に(なんか怪獣みたいな表現ですな)。マインドベンダーズにいたエリック・スチュアートは紆余曲折あったもののその後10CCに発展。
特筆すべきは、今となっては幻の歌手ともいえる「TWINKLE」の数少ないヒット曲2曲がこのチャートに載っていることです。26位と30位ですけど、26位の「TERRY」は3位まで上がって落ちてきたとこ。30位の「GOLDEN LIGHTS」は多分30位にチャートインしたとこ。
ラジオで聞いた記憶があるようなないような。フランス・ギャルの「夢見るシャンソン人形」も歌っていたような記憶も残ってます。あの頃のイギリスのアイドルの見本みたいな雰囲気ムンムンです。
その他も見ていて楽しいですぞ。当時既にアメリカで1位を記録していたアニマルズ(朝日の当たる家)、マンフレッド・マン(ドウ・ワー・デディ・デディ)を筆頭にホリーズ、ムーディ・ブルース(まだプログレでない時代)、ハーマンズ・ハーミッツ、マリアンヌ・フエイスフル、サンディ・ショウ、ジョージ・フェイム、ブライアン・プールとトレメローズ(彼らはトレメローズでヒットさせるまでもう少し時間がかかった(サイレンス・イズ・ゴールデン))もいます。
彼らは1965年の春以降怒涛のようにアメリカに上陸します(怪獣とちゃうけど)。
プリティ・シングス、ロッキンベリーズとなるともう涙もんです。この2つのグループはアメリカでは残念ながら流行らなかったですから。
お疲れ様でした。



2021/02/21

山口照美さんとRANDY RHOADS


 
山口照美さんのこの10年くらいの劇的な変身に驚いて調べてみたら、かなりの情報を発信されていて僕が全く気が付いていなかっただけのことが分かってきた。
日経に定期的に書かれていた。
昨日はそんな記事ばかり読んでいた。僕の方が子供が大きくなってこれからの教育にそれほど関心がなくなっていったこともある。
僕の出身が大阪市が作った大学だから大阪市についてはちょっと?は愛着がある。その大阪市の小学校の校長さんから区長さんに就任ということで驚きと大変な仕事を引き受けられたという二重の驚きとでさらにびっくり。

山口さんが熱意をもって勤められていた塾をやめようと思った理由に、塾が上場を目指して売上重視に変わっていき現場の声が聞かれなくなった云々のことが書かれてました。
昔、一応株式上場のコンサルタントをやっていた身にとっては実に痛いご指摘で、株式上場なんてある側面から見たらマネーゲームそのものですから、中身より売上、事業計画、利益、EPS重視・・・「株価を上げること」が第一の目標となって、現場で真面目にやっておられる本当は中心にいないといけない人の気持ちと経営者の気持ちとが乖離してしまうことが(あってはならないのですが)あります。
会社の体制を(こっちはよかれと思って)いろいろと提案するので見方を変えれば迷惑かけてしまっていることになる(かもしれません)。
蛇足ながら僕は当該の塾の仕事はしてません(念のため)。

ずっと見ていたら、絶対普通の人はわからへんわ‥と思う写真が1枚。自分の子供さんの写真ですが。黒の水玉のフライングVのギターが刺繍?されたエプロン、ランディ・ローズの書き込み、誰が分かる??
まともな子に育つんかな?
ランディ・ローズの写真をアップしときました。恰好よろしい。なんといってもフライングVはこの人とアンディ・パウエルですね(ただし髪の毛がある頃の)。あとはジューダス・プリーストのK・K・ダウニングかな。
オジー・オズボーンのソロ(BLIZZARD OF OZZ)を買った時、ええギタリスト見つけてきたなあと弟と話をしたことを思い出してました。
「命日」か、飛行機事故でしたね。若すぎる。ロッカーは飛行機事故が多い、広いアメリカを飛び回っているから当然かもですけど。
脱線しますけど、ランディ・ローズの供養版のクワイエット・ライオットの出来はよかったです。LAヘビメタの存在を示した金字塔でもあります。
バディ・ホリーの事故から、ロックと言えば飛行機事故というイメージが。ドン・マクリーンのアメリカン・パイを思い出します。他にチェイスとかレナード・スキナードとかリッキー・ネルソンもだったかな。オーティス・レディング、ジム・クロウチもだ。坂本九も忘れていけません。日本人唯一のビルボードNO.1ヒットを持つ男。スティヴィー・レイ・ボーンも。


2021/02/19

山口照美さんとCHICKENFOOT


 


昔々、知り合いがセミナーの講師をやっていて(今もやっておられますが)、その人が講師を紹介してくれるWEBのアドレス(その人が載っているから)を教えてくれて、そのアドレスを僕の知り合いにも紹介してくれという依頼だった。つまりうまくいけば仕事につながるということ・・。
その知り合いが載っているところを見ていたら、いつもその近くに「山口照美」さんという人が出てきて、山口さんの経歴が僕の子供たちが通っていた関西では有名な塾の出身であった。それでちょっと気になって、この山口さんのHP(ブログ)を読んでいたことがある。結構、いろんなことが書かれてあって面白かった(特に旦那さんとのかけあいが)。教育論から当時は販促セミナーの先生(研修)等々、何でもやっておられた感じです。本も出版されてました。映画も音楽も詳しそうでした。ただ時折山口さん個人の過去の記述があって、ホンマにホンマの話?(国語のプロやからひょっとして小説とちゃう??)という気もした記憶が残ってます。もうそれが10年くらい前の記憶です。

で、もうすっかり忘れてしまってまして、先日からコロナのお陰でCDの整理をしていたら「CHICKENFOOT」のCDが出て来た。それでこのCDを買うきっかけを思い出した。山口さんのブログで読んだのだった(旦那さんの好みだったかな)。このグループ、知る人ぞ知るウルトラスーパーヘビメタハードロックバンドでブログの内容からこんなCDが出てくるとは思わなかったので正直うれしい気がした思い出がある。サトリアーニとサミー・ヘイガー(僕はモントローズ時代からのファン)ですぞ。

で、で、山口さんの近況をネット検索してみたら、なんと大阪市の橋下市長時代に始まった小学校の校長公募に応募して校長に、その後、今や大阪市の生野区の区長さんに、普通ならえらい出世??という話なんでしょうけど、そういう月並みな物差しで生きておられないので、新しい大阪を築いて欲しいと思います。

スローガンに「経済格差が教育の格差になってはならない」云々を掲げておられますが、正直、山口さんがおられた塾もそこそこかかりましたし、まわりに聞けばまだまだ上があるようです。もう年収500万以下では、多分例えば子供2人に理想的な教育を受けさせるのは無理だと思う、特に理科系なら今や大学院が普通になっていて、完全に低所得者には無理な世界になってますね。
僕の人生も子供たちにそこそこの学歴を持たせるために働いてきた側面が大きいので、日本の親は子供の教育代なら何とかしようとするところをうまく教育産業に利用されているようにも思います。

偶然でしたが、お会いしたことはもちろんありませんが、懐かしい旧友に出会った気がしました。今後のご健闘を祈っております。
結局は今の子供たちにこれからの日本はかかっているわけですから。

こういう人生もあるのですね。素晴らしいことだと思います。


2021/02/12

CHICK COREA





CHICK COREAさんのフェイスブックをフォローしていたら訃報が飛び込んできた。
NHKのニュースでも詳しく経歴を述べられていて「大物」扱いで僕が思っていた以上にすごい人だったみたい。
もう1年に2枚くらいは新作が出るくらいの人だったのですべては聞けておりませんが、いつも聞いている3枚をアップしておきます。
なんといっても、ロックべったりの僕に入ってきたのはこれから、ジャケットもいい。昔友達に「この鳥カモメとちゃうで」と言われた。僕はカモメかアホウドリくらいしか白い鳥を知らないんやけど。
最近はどういう訳か真ん中のソロのCDをよく聞く。個人的にはピアノソロはキース・ジャレットの方がききやすいけど、なぜか最近はこれをよく聞きます。
最後のはゲーリー・バートンとの名作「クリスタル・サイレンス」ジャケットもいいし、ネーミングも最高。これはレコード・ジャケットで持つべきだと思うけど、レコードの時代だった??
お疲れ様でした。合掌。